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活動ブログ
新事業所「ブルーバード」始動! (2016/10/01)
Free as a “blue” bird.
重い空気を切り裂いて、蒼い意思よ、飛んでゆけ!!!
なんつって。
・・・というわけで、10月1日より始動です。
よろしくお願いしま~す。
(詳しくは、「1to1の事業紹介」のページで見てね♪)
つながる資料 (2016/03/26)
つながる福祉塾 in ぶろっさむ 無事終了!
残念ながら、石井さんはインフルエンザでご欠席。
でも、そのぶん緒方さんの中身の濃い話がたくさん聞けました。
懇親会は、いきつけのソウル@ゴールドショップへ!!
楽しかった~
近況報告など (2015/12/10)
すっかりご無沙汰しております。武井です。
もう今年も残すところあとわずか、ですねぇ・・・(汗)
私ごとですが、先日、今年の4月~12月の休日を使って継続して受講していた
中小企業家同友会の「経営指針成文化セミナー」を、無事に修了することができました。
今年は、私が障がい者福祉の仕事に携わるようになって丸10年、
「経営者」になって丸3年、一つの節目の年であると思っていましたし、
来年40歳(!)を迎えるにあたり、自分の中で「仕事」や「福祉」、
そして「経営」に関する考えを、一度きちんと整理しておいた方が良いだろう
と考えていたこと、そして何より、「NPO法人1to1という組織を、誰もが
活き活きと働くことのでき、仕事を通じて人として成長してゆくことのできる、
魅力的な職場環境にしてゆきたい」、そういう想いからの受講でした。
この間、これまでの自分の人生(特に「社会人」になってからの生活)や、障がい者福祉の
仕事に携わってから気付いたこと、自分たちのフィールドである船橋市・習志野市という
地域の中で、これから自分たちに求められるいること・そのために明日から取り組むべきことなど・・・
様々なことを、地域をベースに事業を営んでいる経営者の諸先輩方や、私と同じように
「良い会社を作りたい」という想いでセミナーに参加した同期たちとのディス カッションを通じて、
考え続けてきました。
一つのことを、こんなに真剣に考え続けたのは、いつ以来だろう・・・?
得難い時間と仲間たちに出会えたことに、心から感謝しています。
セミナーを通じて学んだことを、これから一つ一つ「実践」へと移してゆきたいと思っています。
(「情報発信」のためにも、ホームページもちゃんと更新しないとね・・・)
どうぞこれからも、ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。m(_ _)m
わかりあえないことから (2015/02/15)
という本を読みました。
劇作家・演出家の平田オリザさんの著作で、
2012年に出版されたものです。
副題に「コミュニケーション能力とは何か」とあり、
「現代口語演劇理論」の提唱者として知られている氏が
<コミュ二ケーション>というものをどのように考えているのか
ということに興味を持って読み進めました。
内容はもう少し根源的・哲学的なものを勝手に想像していたのですが、
もう少しとっつき易く・読みやすいもので(新書なのでよく考えたら当然)、
近代化・国際化が進んだ現代日本の教育現場や職場等における
「コミュニケーション」や「ことば」をめぐる諸問題から議論をスタートさせ、
「会話」ではなく「対話」を重視した合意形成や、「コンテクスト」(文脈。
「その人がどんなつもりでその言葉を使っているか」の全体像)を理解する
能力の醸成、「シンパシー」(同情)から「エンパシー」(共感)をベース
とした他者理解の試み、(「協調性」ではなく)「社交性」を高めてゆくことの
必要性等々を説くにいたる非常に読み応えのあるもので、示唆に富む論考
が随所にあり、非常に刺激を受けました。
自らの仕事にからめて、重要だと感じた部分を1ヵ所だけ引用しておきます。
*****
東日本大震災以降、リーダーの資格ということが多く問われてきた。大学でもリーダー
シップ教育が、声高に叫ばれている。
通常、そういった場面で言われるリーダーシップとは、人を説得できる、人びとを力強
く引っ張ってゆく能力を指す。しかし、私は、これからの時代に必要なもう一つのリーダ
ーシップは、こういった弱者のコンテクストを理解する能力だろうと考えている。
社会的弱者は、何らかの理由で、理路整然と気持ちを伝えることができないケースが多
い。いや、理路整然と伝えられない立場にあるなら、その人は、たいていの場合、もはや社
会的弱者ではない。
社会的弱者と言語的弱者は、ほぼ等しい。私は、自分が担当する学生たちには、論理的
に喋る能力を身につけるよりも、論理的に喋れない立場の人びとの気持ちをくみ取れる人
間になってもらいたいと願っている。
*****
えっ!?「わさび」が主たる事業所に?? (2015/02/01)
(すっかり久しぶりの投稿で、ですみません。
でも、みんな元気に仕事をしておりますので、ご安心を。(*^_^*) )
「はい、『わさび』です」「もしもし、私『わさび』の○○です」
以前はちょっと頬を赤らめながら『わさび』を名乗っていましたが、
今日からは、違います!(でも、やっぱりなんだか恥ずかしいなぁ・・・)
本日をもって、『わさび』は晴れて、「主たる事業所」として船橋市
に登録を認められ、定員も12名から16名に変更となりました。
それに伴い、これまで「主たる事業所」だった『あくあ』は、
「従たる事業所」になったという訳です。
これはいったい、何のための布石なのか・・・
それは、またの機会に。
では、
一同、心気一点ガンバリます!
So-Sekiの憂鬱を共有する。 (2014/12/08)
最近考えているのは、こんなことばかり(というのは嘘で、最近は忙しくてこういうことを考える時間が減り、毎日がややルーチン化しているので、ちょっと反省している)。
でも、私はさすがに現代ニッポンという過酷な時代・社会を、多くの仲間たちと共にささやかで同時に愉快に生き延びようとしているいわばlocal strangers の首領だから、So-Sekiよりももっと虚無的だし、同時にもっとタフでポジティブでそしてユーモラスだ♪
そう、僕は一本の小説を書くように、あるいは一本の映画を撮るように、僕の周りにいる仲間たち一人一人の人生をスケッチしたい。そして、彼らの「人生」が輝く<瞬間>を積み重ね、それら一つ一つを<永遠>に留めたい。
いろいろあるけど、今日もがんばろう!
*****
夏目漱石は、近代にやって来られた日本も、日本にやって来た西洋の近代も好きではない。英文学者になってしまった夏目漱石は、西洋の近代の中に自分の望むものなどなにもないことを知る。 そもそも彼は、漢文学が好きな人間で、英文学の方に進んだのは、「それなら食っていける」というだけである。しかし、そう思う自分はいやな「日本の近代」の中に生きている。
(中略)
その宙ぶらりんの状態の中で、「この現実で生きる」ということがどういうことなのかを、考えざるをえない。しかもそれは、「自分がどう生きるか」ではない。放っておけば、自分は生きていたくない。「己という病」を重々に承知していればこそ、夏目漱石は「則天去私」を言う。「天に則(したが)って己を捨てる」の「則天去私」は、「自分の生きるあり方を決めてくれる”天”があれば、あれこれ考える”私”なんかいらないんだけどな」という願望である。
「則天去私」の夏目漱石に、「自分がどう生きるか」は意味のある問いではない。自分は現実に生きていて、現実に生きるということは「他人と共に生きる」になる。だからこそ彼は、自分とは関係のないもの―――ある部分で自分とは重なるかもしれない「拵え(こしらえ)もの」の他人を小説に書く。文章を書くこと自体が好きだった彼は、その結果つらい方向へ進まざるを得なくなる。
小説を書くのは楽な作業ではないが、それをしている限り、絶望に陥ることはない。なぜならば、「我と共に生きるはずの他人はどう生きるか?」を考えることは、希望に向かって進むことだから。つらい「拵え(こしらえ)もの」の小説を書く夏目漱石と、朗円上人に裏切られたと思って嵐の五重の塔の最上段に立つ「のっそり十兵衛」は、同じ人間なのだ。
引用:「失われた近代を求めてIII 明治二十年代の作家達 (失われた近代を求めて 3)」(橋本治著・2014年・朝日新聞出版)
私たちの暮らしている社会について (2014/11/24)
突然ですが、私は、今の日本社会を読み解くキーワードは「貧困」(そして、反「貧困」としての「社会的包摂」(social inclusion)という考え方)だと思っていて、最近はますますその感を強めてるんですね。
そして、この国における「貧困」の問題を考えることは、幼い頃から私に生き苦しさを感じさせ続けてきた「ある種の空気」の正体を知り、それに抗うための手がかりのような気がしています。うまく言えないのだけれど。
という訳で、今日は自宅で子供の相手をしながら、書庫から以前に買った(以前に読んだのかどうかはその他多くの本と同様すっかり忘れた)本を引っ張り出してきて、読んでいました。
以下、岩田正美「現代の貧困」(2007年 ちくま新書)より抜粋。ここで書かれている状況は、「リーマンショック以前」のものですが、現在、状況は好転するどころか、ますます悪くなっているように感じています。
どうすればよいのか?無知な私には分かりませんが、まずは「現実から目を逸らさない」こと、そして「他人ごとだと思わない」ことだと思っています。
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誤解を恐れずに言えば、他者に対する配慮や公正さについての異議申し立てがたえずなされるような、あるいは社会を構成するメンバーの連帯や社会統合に焦点が当てられるような社会では、「あってはならない状態」の範囲が広くなり、そうでない社会では逆に縮んでいくのではないか。それは、貧困問題を社会の責務として進んで引き受けようとする社会の成熟度による違い、と言うこともできる。繰り返し述べるように、そのような「あってはならない」とされる貧困の大きさは、社会それ自体の経済的な豊かさとは関係がない。むしろ貧困を「再発見」していく「目」や「声」の大きさとかかわっている。(P45)
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このように現代日本で、あらためて学歴格差がクローズアップされるのは、今日の社会に次のような変化があるからだ。
その一つは、先にも述べたポスト工業化とグローバリゼーションの進展による経済社会の変化である。ポスト工業化社会では、高度な知識や技術を要する金融や情報などのサービス労働と、マクドナルド・プロレタリアートなどと呼ばれる熟練を要しないサービス労働とに二分化する傾向にあることはすでに述べた。今や、人的資本の投下量=学歴は、人々がそのどちらに振り分けられるかを決定する大きな要因となっている。
二つには、中卒者が「金の卵」と呼ばれた時代には、学校から職場への移行がスムーズに行われ、企業に採用されてからはそこでスキルを身につけていくという日本的慣行があったが、近年になってそれが揺らぎだしたということがある。企業は即戦力になる人材を求めるようになり、とりわけマクドナルド・プロレタリアート型の労働者の場合、短期雇用で使い捨てにされる傾向が強まっている。
三つ目は、多様な技能や経験を基礎にした自営業・小経営分野の衰退がある。こうした分野は学歴とはあまり関係がなく、人々が技術を磨くことで安定した職業生活が送れるような場を提供していたが、その道が閉ざされてきているのである。
こうした変化の中で日本は、学歴社会がよりいっそう重要な意味を持つような社会になってきたのである。(P143~144)
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2002年に厚生労働省が実施した全国母子世帯等調査を見ると、母子世帯の9割が離婚や未婚の母などで、その8割以上が就労している。このように高い就労率にもかかわらず、年間の平均収入額(平均世帯人員3.36人)は212万円と低い。
就業している母が「常用」の場合でも、平均就労収入は252万円、「臨時・パート」では110万円にすぎない。「常用」の約4割が200万円未満、「臨時・パート」の5割が近くが100万円未満という低さである。持ち家率は全体で15%強でしかない。
以上のように離婚は女性の貧困に様々な影響を与えることが分かっているが、男性の場合についてはよく分かっていない。せいぜい養育費を払わない男性が少なくないとか、父子世帯の問題として取り上げられるかの、どちらかであろう。しかし、先のホームレス調査では、結婚経験があってもそのほとんどが離婚している。(P149~150)
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家族も資産と同様、貧困への「抵抗力」としての役割を果たすことがある。子供のの扶養費が貧困の一因となる一方で、家計を家族みんなで支えることで収入を増やし、あるいは支出を節約することができる。仕送りや資産贈与、相続などによって、家計を別にする家族同士が助け合うことも少なくない。
「不利な人々」はこのような「抵抗力」さえもたない。資産もなければ、支えあえる家族もいない。つまり、その「抵抗力」が弱いために、「不利」なのだともいえる。(P153~154)
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少し前に「下流社会」という言葉が世間の話題をさらったが、戦前の日本の貧困層を表す言葉としては「下層社会」があった。「下流社会」にせよ「下層社会」にせよ、その意味するところは一つの社会の中にもう一つの社会が存在するという点にある。先に述べた社会的排除と闘うヨーロッパの社会的包摂(social inclusion)策は、現代の先進国を再び寝食しかかっている、このもう一つの社会の形成に歯止めをかけることによって社会を安定させることをそのねらいとしている。つまり、社会的包摂という新しい理念による貧困対策は、明らかに社会それ自体の救済を意図しているのである。(P208)
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電線マンがやってきた! (2014/10/31)
皆さまは、「電線マン」をご存じでしょうか?
「電線マン」とは、これ↓
http://www.youtube.com/watch?v=2bB9v7b20Fg
あ、間違えた。これ↓です。
そう、「電線マン」とは、大阪の枚方市にある中小企業、
株式会社アスクが開発した、知る人ぞ知る卓上型の
廃電線被覆剥離機なのだ!
(簡単に言えば、家電製品なんかで使っている細いコード
を覆っているビニールを剥がして、中から銅線を取り出す
機会です。)
今年度から使用済み小型家電製品の分解・分別作業に
本格的に取り組みはじめた「わさび」では、作業効率の向上と
作業に携わる障がいのある仲間たちの工賃向上を目指し、
この度、思いきって「設備投資」をすることを決たのですが、
そこで導入することにしたのが、かねてから目をつけていた
この「電線マン」だったのです。
(これなら、手先に力が入りづらい仲間たちでも、機械に
空いた穴にスッとビニール線を入れるだけで、銅線を
取りだすことができますからね!)
*尚、この度の「電線マン」の購入にあたっては、
平成26年度公益財団法人 中央競馬馬主社会福祉財団
助成金を活用させて頂きました。
私どものような活動資金の確保に四苦八苦している団体に
とっては、大変ありがたい助成金です。先日は助成金目録
贈呈式にも参加させて頂き、誠にありがとうございました。
今週、待ちに待った「電線マン」が大阪から「わさび」へ届き、
今日、アスクの長倉純平取締役が、わざわざ製品の使い方を
教えて下さるために、私たちのところへ来て下さいました。
(本当にありがとうございます!)
これが噂の「電線マン」(手前・・・なんでもくん、奥・・・便利くん)
長倉取締役の説明を真剣に聞く「わさび」の面々。
(写真には映っていませんが、小型家電製品チームみんなで聞いています。)
こうやってビニール線を穴に通すだけで・・・
こんな風にキレイな銅線が取れちゃうんです!
これから、楽しみだな~♪
(ただし、船橋市回収BOXから集めた使用済み小型家電製品については
分解・分別方法が指定されており、ビニール線の剥離は行わないことに
なっているため、それとは別の回収ルートおよび納品先の確保が課題として
あります。)
前原地区福祉まつりに行ってきました♪ (2014/10/26)
船橋市の前原地区社会福祉協議会にお声かけ頂き、
「あくあ」として毎年、実行委員会による準備段階から
参加しているのが、我らが「前原地区福祉まつり」です。
地域に10以上ある町会・自治会の役員の皆さまと、
地域の高齢・障がい・児童関係の福祉事業者から
ガールスカウト等のボランティア団体まで、
<地域の福祉向上ために>取り組む様々な関係者が
力を合わせて作り上げるのが、この「まつり」の特徴。
今年でなんと、11回目。
10月26日の日曜日に、例年通り津田沼の
東部公民館にて開催されました。
「『リサイクルショップあくあ』の出張販売」と題して、
「あくあ」から3名の利用者さんと職員1名が参加。
実行委員の私(武井)は、彼らのサポートに回ります。
今年は天候にも恵まれ、あくあチームの陣取る4回ロビー
への客足は途絶えることなく、販売時間の4時間が
あっという間に過ぎてしまった感じでした。
売上の方も、近年稀に見るⅠ万5千円越え!
(これ、販売しているのは基本的にはバザー品で、
価格は1点10円~高くても300円ですからね・・・)
どうりで忙しかった訳です。
ちなみに、まつり全体の集客人数が入り口でのティッシュ
配付数が456個だったので500名は超えていると思われ、
公民会入口で開催した復興支援バザーの売上も、
93,450円と過去4回で最高。
この売上に模擬店売上からプラスアルファが加わり、
合計10万円が前原地区社協を通じて福島の被災地へ
寄付されることになります。
遊びに来て下さったみなさん、ありがとう。
ご参加頂いたみなさん、お疲れさまでした!
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
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