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活動ブログ

2018「りすたあと」宣言! (2018/03/23)

ここで唐突に、

 

スメルズ(「するめ」ではない)・ライク・29スピリット!!!

 

 

こころはいつも

「あの頃」のまま

 

12の季節がめぐり

またもやふり出しに戻る

 

春夏秋冬

万物流転

用意周到

 

“人生は「カツオ節」なのか?”

 

 

悩みと責任と借金は増える一方だけど

 

「余計なもの」がそぎ落とされて

頭がクリアになる

行動はシンプルになる

 

「たましいのかおり」だけが残る

 

 

という訳で、

ボクらは先へと進むことにした

 

「理想」も「涙」も「こだわり」も

すべて(一旦)家に持ち帰り

そっから

「りすたあと」する

 

壊れた扉から

まちの片隅から

荒らされた庭からの

「りすたあと」

 

こんな時代を

こんな社会を

こんなボクらを

超えてゆくための

「りすたあと」

 

共に生きるため

共に夢を見るため

共に世界を愛するための

「りすたあと」

 

OK

用意はいいかい?

回転数を上げていくよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ありえすな日々 (2017/11/03)

グループホーム「ありえす」、どうにかこうにか11月1日(水)に無事にスタートしました!

 

この間お世話になった設計事務所や建設会社、防災会社の関係者の皆さま、頼りない私の想像力を遥かに超えたすばらしい建物に仕上げていただいたこと、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。

 

また、金融機関からの融資や建物の設計、グループホーム事業所としての指定や運営のための準備についてなど、多くの方々より貴重なご助言やご支援を頂戴いたしました。船橋市および近隣地域の福祉ネットワークの中で仕事をさせていただいていることに感謝します。

 

 

グループホームを始めることで障がいのある人たちの「暮らし」に寄り添う、つまりは「生活支援」を法人としての事業に本格的に加えることについては、私自身の中で2つの大きな<きっかけ>というか<理由>がありました。

 

一つは、2011年3月11日に起きた東日本大震災とその後に起きた様々な出来事。

 

震災そのものがもたらした衝撃も言葉に出来ないほど大きなものでしたが、その後露わになり知ることになった私たちが暮らす国の現状や私自身が経験した近しい人たち(利用者さんやそのご家族)の<病い>や<老い>そして<死>。それらに身近なところで立ち会った経験が、私に一つの認識を、観念としてではなく、実感としてもたらしました。

 

それは、個体(個)としての人間は、大きな自然災害や人災(原発事故や戦争)、あるいは、<病い>や<老い>そして<死>といった自然現象(運命)の前ではなすすべもない「等しく・弱い」存在であるということ。

 

しかし、だからこそ、一人一人の<生>や<命>はいついかなる時も、その最後の時まで(あるいは亡くなったその後でさえも 「記憶」というかたちをとって)輝きを放ち続けているのだということ。

 

そして、個体(個)としてはどうにもこうにも弱い存在である人類が「互いに支え合って生き延びて」ゆくために発明した装置として、<家族>や<共同体(コミュニティ)>といったものが、時代によってそのかたちを変えながらであっても、存在し続けてきたということです。

 

特に、自分たちが<病い>や<老い>によって衰弱ながらも家族である我が子たちを支え続けている保護者の方々の姿に触れたとき(あるお母さんは、病床で薄れゆく意識の中、最後の最後まで我が子たちのことを気にかけながら旅立ってゆきました)、その<想い>は、重いバトンとして自分たちに託されたように感じたのでした。

 

 

もう一つは、自分自身の年齢にかかわること。

 

昨年の夏に40才の誕生日を迎えることになった訳ですが、その1年ほど前から、やはり相応にいろいろなことを感じ、考えるものがありました。

 

「とりあえず、『人生の折り返し地点』まではやってきてしまったかな?」「もう流石に『若者』とも言ってられないよな??」「いい加減『大人』にならなきゃな」「(Just Like) Starting Over」…といったありきたりと言えばありきたりな考えや、自分の「ライフ・ワーク」として今の仕事を考えたとき、「現役」でいる間に自分にはいったいどれだけのことができるのだろうか?といった、自分自身の<死>(というと大げさかもしれませんが、つまりは法人であったりこの世界における我が身の<不在>)というものを、まだまだ遠くの方にであれうっすらと意識しだしたことによる、「時間」というものについての感覚・意識の変化、などです。

 

そこで、ひとまず「自分が今のように目いっぱい働くことができるのが仮に65才までだとしたら、あと25年の間に自分にできることは何だろうか?そのために今のうちから取り組んでおかねばならないことは何だろうか?」といったことを漠然と考え始めた訳です。

 

そして、人の<病い>や<老い><死>、あるいはその隣で輝いている<生>や<命>に触れる<福祉>の仕事を本格的に続けてゆく限り、やはり「生活支援」というものにも正面から向き合ってゆかねばならないと考えたし、またそれが、自分自身あるいは自分たちの法人に期待されているこのなのだろうとも思いました。

 

 

とは言え、そもそもが「生活感」に著しく欠けるワーカホリックで都市の遊牧民のような暮らしを続けてきた私。

 

そこでイメージしたのは「もしも自分が障がいのある仲間たちといっしょに一つ屋根の下でずっといっしょに暮らすことになったとしたら、どんな家だったら『楽しい』かな?『ワクワク』するかな?」というものです。

 

どちらかと言えばインドアイメージが強い私だと思いますが、洞窟があったら探検してみたくなるし、ハンモックがあったら寝てみたくなる。田んぼがあったらはだしで入ってみたくなるし、ザリガニがいたら捕まえてみたくなる、子供っぽい好奇心というか冒険心は持ち合わせています(なにしろ小田原生まれなのでね・・・)。

 

まぁ「ありえす」には洞窟や田んぼはないし、ハンモックも(まだ)無いし、ザリガニも(まだ)いないのですが、私のイメージとしては、キャンプ場にあるコテージとかキャビンハウスをモチーフにしたもので、一応屋根裏というかロフトは遊び心で付けてみました。

 

あと、仲間たちやが望み続ける限りは<地域>での暮らしを継続してゆけるようにと、車椅子のままでも生活できるような間取りや設計になっています。

 

 

さすがに20年以上先の時代状況までは私の頭では予測ができないので、ここ(ありえす)がみんなにとっての「終の棲家」になるのかは、正直なところまだ分かりませんが、大切な仲間たちや職員たちが、同じ空間と時間を共有して、良い思い出をたくさんつくってくれるといいなぁ~と思っています♪

 

グループホーム物件の土地探しから契約、建物の設計・建築、共同生活支援事業所としての指定申請は、業者さんたちのお力も借りながら、ほぼ私一人でやってきましたが、建物内に配置するインテリアや諸々の道具、毎日の食事のための食材や調味料の準備などは、グループホーム事務所としての「Aries」のスタッフたちがみんな行ってくれました。

障がいのある仲間たちといっしょに食事をし、お風呂に入り、そこで眠る、つまり「生活」を共にするのも、一人一人の世話人スタッフたちです。(しばらくは、週に1日くらいは私も入ることになりましたが…)

 

そしてなによりも、グループホームでの「暮らし」をつくりあげてゆくのは、家賃を払って各部屋に入居する一人一人の仲間たちです。

 

これからは、ある程度私の手を離れて、「みんなの家」としての「ありえす」の日々がはじまってゆくことになります。

 

はてさて、どうなることか・・・? とても楽しみです!

 

ところで、

 

君は小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか?(しつこい!)

 

 

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今日は雨でCSは中止 (2017/10/16)

そんな本日、ふと思ったこと

 

他者とは、どこまで行っても自己の投影でしかない(そう、世界はメタファーなのだよ♪)

 

(しかし、あくまでも他者は他者でしかないところに、他者の「他者性」がある。なんて書くと難しく聞こえるけれど、つまりは「他人は自分ではない」という当たり前の話。切ないね。だけど・・・というか、だからこそ他者への興味は尽きることがない。という訳で、毎日が「ふしぎ発見」だ!そして、「退屈じゃない人生」ってのはまァそんなに悪いもんじゃない。)

 

えっと、何の話だったっけ・・・?

 

あ、そうだ!

 

だから、おそらく逆もまた然り

 

従って、

 

他者であったり世界に対する<変化>へのあくなき希求は、元をたどれば「自己に対する変化への欲求」にたどり着く

 

ということなのだろう

 

そして、それが何故かと問われたならば、もちろんそこには「生き延びるため」あるいは「より良く生きる」ためには<それ>が必要であるという確信めいたものがあるからだ

 

ということは・・・ですよ

 

「かかわり」の本質には、その人の自己(自分)や他者(他人や世界)に対する<信頼>だったり<希望>がある

 

ということ

 

つまり、

 

<信頼>や<希望>が存在しないところには、<変化>は生じない

 

ということ

 

(なんと!そーいうことだったのですよ、だぶん)

 

 

OK そこまでは分かった

 

分かったのだが、しかし・・・

 

じゃあ、「良い仕事」をするために(「強いチーム」をつくるために)「組織」を変革するにはどうしたら良いのか・・・?

 

そう、「超変革」のプロセスを私は知りたい、今、モーレツに、知りたい

 

そんな今日この頃

 

だけど、私はどちらかと言うと、アニキよりもカケフ派なんですよねぇ ええ…

 

 

 

 

 

 

 

 


作業所とわさびと私 (2017/10/15)

29年9月末に職員たちに配付した資料より一部を抜粋

今、密かに明かされる、1to1の成り立ち、そしてわさびの歴史・・・

 

作業所とわさびと私(H29年10月)short edition

 

 

 

 


「はたらく」ことの意味② (2017/08/12)

「はたらく」こと=労働ととらえている人が多い(ような気がする)。

 

自分の身体や時間を職場のために差し出すかわりに、その時間に対する対価を貰うことが労働である、とか。(まぁ法律上はそういう側面もなくはないのだけれど・・・)

 

でも、それって、つまんなくないか?

 

ほんとうに、そんなんでいいんか??

 

と、個人的には、思います。

 

 

「はたらく」ことって、もっとヒリヒリすることであり、同時にワクワクすること、あるいは周りから何を言われてもやらずにはいられない、自己の内なる切迫感に突き動かされるような、内発的なものであってほしいなぁ、と。

 

まぁ、極論なんですかね、こういうのは・・・

 

でも、私は、「はたらく」こと=「いきる」ことだと思っているし、「いきる」ってそういうことなんだと思っています。

 

 

20代のおわりに、私が以前に努めていた職場を辞めて、結果として<福祉>の世界へと流れ着いたのは、平たく言えばそういうことでした。

 

それ以前の私は、自分は「いきて」いるんだっていう実感というか、手触りというか、そういうものを持てていなかった。

あれからだいぶ時間が流れて、さすがに当時と同じような強度で今は感じることもなくなってしいまったけれど、あの頃の自分が抱えていた「切迫感」「焦燥感」とでもいうべきものは、いったい何だったんだろう…?と時々思います。

 

たぶん、「自分の情熱と人生を注ぎ込むに値する何か」に飢えていたんじゃないかな?

 

自分が「はたらく」ということが、その成果が、市場原理主義的な価値観のなかに絡めとられてしまうことが、イヤだった。

もっと、内発的(ボランタリー)で創造的(クリエイティブ)な「何か」をして、そして「何ものか」になりたかった。

だから、「金銭に換算できない仕事」がしたいと思った。

 

そういうことなんじゃないかな、と。

 

無知で傲慢だったかもしれないけれど、「自分の中に眠っている可能性」だけはいつもギリギリのところで信じていたし、「世界がこんなんで良いはずがない。もっと美しくあっていいはずだ」と思っていたし、とにかく「何者か」になりたい。「自分」の中で燻っている<感性>やら<才能>やらに光を当ててそれを活かせる場所が「ここではないどこか」にきっとあるんじゃないか・・・? あの頃はいつもそんなことばかりを考えていたなぁ。

 

当時は世界で起こっていることの何もかもが気に食わなかったけど、 何よりも許せなかったのは、何もせずに黙って傷ついているだけのズルい自分自身だったという、ね…

 

だから、正直に言えば、その対象は何でも良かった。(なので、唐突だけど、「あの時」もしも別の選択をしていたら、今ごろ私はキューバにいたかもしれない・・・)

 

ただ、「何でも良い」のだけれど、そこは、片一方に相手(社会や顧客のニーズ・課題)があって、もう一方に自分(が獲得した知識や技能)があって、そこで初めて成立するのが、<仕事>というもの。

 

だから、無意識のうちに「自分」を活かして開花させることができる土壌を探していたということは、もしかしたらあったのかもしれないですね。「さて、それでいったいオレは、どこに『着陸』したものだろうか・・・?」みたいなことは、当時から考えていた気がします。

 

(なので、前言を撤回するようだけど、あれほどまでに惹きつけられたキューバだったけれど、そこで自分の<才能>が開花するという「未来のイメージ」を持つことができなかったことが、私の場合、結果としては、「そちらの道」を断つて、「いまへといたる道」を歩むことへと繋がったわけです。だって、「舞踏家(ダンサー)である自分」なんて、未だに私はイメージできないからねw 骨の髄まで不器用なんですよ、私は・・・)

 

 

そして、「ここ」と、<我が道>を定めたら、私の場合、あとはとにかく全力投球するだけ。

そう、「これが私の生きる道」ですよ!

 

たくさんの学習と練習を重ねて、マウンドに登ったら、

最高のフォームでボールをリリースして、最高のスピンをかけるまでが、自分の仕事。

そこまでやったら、「その先のことは、ボールに聞いてくれ」ってなモン。

 

肩や肘が壊れようが、そんなの知ったこっちゃあない。

そんなことにビビッてたら、思い切って腕は振れない訳だし、だいたい、故障したって命までとられる訳じゃあないのだからね。

 

どんな状態になっても「あきらめない」気持ちがあれば、何度でもやり直せるんだということ。

形振り構わず、地をは這いつくばってでも、前を向いて生きてゆくことは尊いことなのだということは、当時の私の周りにいた、いろんな職場や施設を経由した作業所へと辿り着いた障がいを持つ仲間たちが私に身を持って教えてくれたことでした。

 

だったら、もう、自分も「そこ」に飛び込んで、彼らと目線を合わせるしかない。

だから、「もう、むちゃくちゃやったれ!」(by どんでん)ですよ。

 

当時は、今とは違って任意団体が運営していた無認可の小規模福祉作業所の職員だったから、給料なんて土日も出てきて働いても年収300万円にも満たなかったし、面倒だったので社会保険にも加入していなかったけれど(笑 ※一応、後から加入・納入しました)、まったく気にならなかったなぁ。(まぁ、私も慎重なところは慎重なので、それなりに、節制と貯蓄には励んでいたのだけど・・・)

 

だって、マウンドに立って、思いっきり身体を動かして、ボールを投げられることが、自分にとっては「最高の幸せ」だったし、そこにはいつも、「最高の仲間たち」がいたのだから。

 

 

私のこんな「はたらき」かたは、たぶん、全然「教科書的」ではないのだろうし、また、人(特に自社の社員)に強いるべきことでもないのだろうと、思う。

 

でも、なんか今の若い人たちを見ていると、10年前に比べたら雲泥の好待遇の安定した労働条件の下で働けているのに(…といっても、世の中の平均値と比べて福祉業界の給料が良いかというと、残念ながらそういうことはないです)、自ら自分自身の可能性にセーブをかけているように見えて、「もったいないなぁ」と感じてしまう自分がいたりします。

 

失敗すること、怪我をすることを恐れているように見えるんですよね。

きっと、時代状況とか未来への不安とか、たぶん私が若かった頃に比べて、いろんな条件が異なっていることもあるのでしょう。(まぁ私の若かった頃も、「オマエら、たいがいにせいよ!」と思う程度にはひどい時代ではあったけどね・・・)

 

だけど、いつだって未来は<変化への可能性>に満ちている訳だし、それを信じるのも信じないのも、活かすも殺すも、自分次第なのだと私は思っています。

 

 

だから、少なくとも、私にとっての「はたらく」ことの意味とは、

 

「このいかんともしがたい自分」 と 「のろまにしか歩まない世界」 を絶えず乗り越えてゆくこと、乗り越えてゆくために、他者に対して、世界に対して向き合い、あきらめることなく「はたらきかける」こと。その過程で「自分」が試されること。試されている「自分」を知ること。

 

そして、その果てに「新しい自分」と「自由」へとたどり着くこと。(うまくいったら、ね)

 

そんなことだったりするのです。

 


あつさのせい? (2017/08/03)

あつくなって

 

いっしょーけんめーやっていても

 

すぐには結果がでないときってーのも ある

 

 

いやはや・・・

 

師匠の言うとおり

 

 

でも

 

一流のバッターだって

 

10回中7回は 凡打だ

 

 

というわけで、

 

落ち着いていこうぜ!

 

みんな

 

 

じかんはぼくらのミカタ (Time Is on My Side) だよ♪

 

 

 

 

*****

 

妙におこりっぽいんだ、何でもシャクの種なんだ

 

だから いざこざおこすんだ

 

ゴキゲンななめなんだ

 

全然 スカッとしないんだ

 

変テコな感じなんだ

 

あつさで気がくるった みんな

 

あつさのせい

 

「あつさのせい」大瀧詠一


明日から、マニジュを持って旅に出る。 (2017/07/22)

(笑)今日はそんな気分なので

 

正午近くまでベッドに寝っ転がり

 

架空の<旅>に持ってゆく本を吟味してる

 

たとえばそんな 夏の休日

 

心をフックする言葉と出会うのは

 

そんな時なんだなぁ

 

 

* * * * *

 

福祉の実現は、その根底に福祉の思想をもっている。実現の過程でその思想は常に吟味される。

どうしてこのような考え方ではいけないのかという点を反省させられる。福祉の思想は行動的な

実践のなかで、常に吟味され、育つのである。

                                -糸賀一雄「福祉の思想」


1to1的GH完成!その名も「ありえす」!! (2017/07/08)

お金を借りた

 

 

土地を手に入れた

 

 

突然何だか雲行きが怪しくなってきた

 

 

どうなることかと思ったけれど

 

 

多くの人たちの努力で

 

 

素晴らしい家が建った (設計・工事に関わっていただいた皆さん、本当にありがとうございます!)

 

 

光は思わぬ方向から差してくるのだと知った

 

 

それで

 

 

名前が決まった (イェーイ!)

 

 

 

だけど指定申請は・・・

 

 

これからなんです・・・ キャー(>-<)

 

 

(果たして、無事に返済はできるのか・・・!?)

 

 

これから始まる

 

 

僕たちの新しいサーガ

 

 

せめて「あくえりあす」(水瓶座)の時代までは、見届けたいぞ!

 

 

Let the Sunshine in !!!!!

 

 

ところで

 

 

君は、小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか!?
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「はたらく」ことの意味 (2017/07/07)

何の巡りあわせか・・・
今年は大きな<変化>の年となりそうです。(でも、いつもそんなこと言ってるような気もするな…)

 

そんな訳で、そんな時こそ<本質>を見つめなおすべきだと思い、久々に職員たちに向けて発信したのが、以下の文章です。

 

私は、自分が大きな川の流れの一部であることを知っています。
だから、心配事はたくさんあるけれど、不安はない。

 

いつも新しい毎日に、感謝!

 

 

↓↓↓↓↓

 

以下、ちょっと(かなり)長いくて、若干回りくどい文章ですが、昨日行った「わさび会議」にて配付した資料より、私自身の「作業所」(特に40才代より前の年代の人たちが多いところ)についての想いや当法人の社会的使命(固有の役割)として考えていることについてまとめたものから一部抜粋して、ご紹介します。

 

また、文中にもある「3人のレンガ職人の話」(イソップ寓話)は、人が働くことの意味や、どのようなマインドセットをすれば高いパフォーマンスを発揮できるのか?ということについて考えるにあたり、分かり易くかつ示唆に富んだ話ですので、参考までに添付します。

 

是非、「ここで いったい何をしているのですか?」(あなたは、今・ここで何の仕事をしているのですか?)と通りがかりの旅人に尋ねられた際、あるいは自分の家族に聞かれた際、自分だったらどのように答えるだろうか?と考えながら、読んでみてください。

 

何かと慌ただしい毎日ですが、夢をもって、がんばりましょう。

 

* * * * * *

 

■当法人は、これまで一貫して、「小規模福祉作業所」が日本という国の中で歴史的に果たしてきた役割を継承すべく、「小規模で密度の濃い人間関係」「地域との日常的なかかわり」「障がいの有無や種別・程度等を超えた、人と人との<1対1>のフラットな関係」にこだわり続け、事業活動を展開してきました。就労継続支援B型事業という、現在の障害福祉サービスの中では利用にかかわる条件が最も緩やか(障害支援区分や年齢要件なし)で、より幅広いニーズに対応できる事業をこれまで選択してきたのも、そのためです。結果、船橋市内や習志野市内、あるいは千葉県内を見回しても、簡単には見つからないような個性豊かな面々の集まった「多様性のある働く場」を地域の中に複数用意することができたとも思っています。

 

■しかし、このような経営・運営のスタイルには「小規模」ゆえの脆弱性や課題もあります。(中略)そのためにも、①一人一人の価値観や考え方の「違い」を認識し認め合う、「多様性」に価値を置くマインド、②自分の仕事や職場環境をより良いものに変えてゆくための自発的な努力や創意工夫、③個々の「違い」を超えた組織やチームとしての<共通の目的>を確認し、その到達に向けたかかわり合いと成果を積み重ねてゆくこと。限られたリソース(資金・資源等)の中で、これらのことが、私たちには求められているのだと思います。

 

■「新生わさび」に対し私が期待しているのは、①障がいの種別・程度や労働生産性によって人を選別せず、②(仕事に対して人を当て込むのではなく)一人一人の人に仕事や活動内容を合わせる努力や 工夫を絶えず続け、③誰もが自分自身の<役割>や<価値>を自然に感じられるような職場、「作業所らしい作業所」になることです。そのためにも、職員の皆さんには、まずは自分自身に対して、「何のために、今・ここで自分たちは働いているのか?」「自分たちの職場にしかない固有の役割とは何か?」etc.といったことを、日々の仕事を通じて問う習慣を身に付けて貰いたいと思っています。(参考:「3人のレンガ職人の話」)

 

■作業所は、障がいを持った人や何らかの事情によって働きづらさを抱えた人たちが集い、「はたらく(働く)こと」をその活動の中心に添えた場所です。そして、「はたらくこと」が一人の人間に要請するのは、共同体(集団や社会)を支える一員としての「大人になること」であり、それは、「自分」のためだけでなく、「目の前にいる他者」や「自分以外の誰か」のために、今・自分にできることを考える心の向き(マインドセット)を自分の中に育てることです。人から何を与えて貰うだけでなく、自分も、周りの人たちや環境、社会に対して働きかけ、自分を・他者を・環境を、より良い状態に<変えて>ゆくことができる存在なのだということ(自分の中にそのような力が宿っていること)に気付いてゆくこと、つまりは「今はまだ自分の中で眠っている、未来において輝ける自分の可能性」を知る経験こそが、「はたらくことの意味」なのだろうと私は思います。またそれは、<あてにし・あてにされる関係><人と人とのかかわり合い・支え合いの輪>の中に身を置くことの安心と喜び、つまりは<生きる悦び>へと繋がってゆく経験でもあるのだと思います。

 

たとえ思い通りに体を動かせなくても、たとえ言葉によって思いを発することができなくても、すべての人の中には「いのち」があり、生命活動=生きることにともなう「感情のふるえ」や「想い」が存在します。今・目の前にいる一人一人のそれらを敏感にキャッチし、それらの中から、その人が、その人らしい魅力を、社会の中で発揮できる「大人になる」ための<芽>を見つけ、大切に育んでゆくこと。そのために必要な環境を整え、機会を準備し、適切なタイミングと方法による支援を提供すること。それが、私たち福祉従事者としての作業所職員に求められていることであり、同時に、私たち自身の≪悦び≫の源ともなり得る、かけがえのない経験になるのだろうと思います。個人的には、「人を育てる」(=人が育つことを後押しする=その人がもともと持っている力に気付き、引き出すか かわりをする、またはそのような職場環境や社会環境を生み出す)ことほど創造的で、挑戦しがいのある仕事はないと私は思っています。


ユニバーサル就労のこと ~人が「いきる場」「はたらく場」としての職場について (2017/06/03)

こんばんは、武井です。

 

6月1日(木)は、私も設立時からお手伝いさせていただいているNPO法人ユニバーサル就労ネットワークちば企画の

ミニシンポジウム「働きづらさを抱える人が働くために」というイベントに登壇し、少しお話をさせていただいてきました。

 

他の登壇者の方々(LGBTの支援をしている「一般社団法人ことばの診療所」の村田さん、そして罪を犯した人たちの就労支援をおこなっている「千葉県地域生活定着支援センター」の岸さん)のお話しも極めて魅力的だったのですが、以下には、その際に

用いた資料を(文字ばかりで恐縮ですが)添付しますので、よろしかったらご覧ください。

 

「UWNちばの連携の可能性について」事業内容・課題について(武井)

【資料】障害者総合支援法について

 

 

イベントの中でもお話したことですが、今や「はたらく」ことは「いきる」ことは、私の中でほとんど同じ意味を持っています。

 

これは、別に私オリジナルの思想ではなく、ここ数年間に出会った様々な人たちの言葉や生きる姿勢を通じて学んだことですが、

一人一人が個体として(それこそDNAレベルで)異なっているのが、人間(人類)という生き物の本質の一つ。

 

<違い>を前提として生きる「いのち」が、そこにはあります。

 

一方、(未成熟な状態で母体からこの世界に生まれ落ちることに象徴されるように)個体としては決して強くはない私たちは、

家族や親族・部族といった集団や共同体、社会を形成し、そこでの<かかわり>を通じて、生を育み、命を繋いでゆきます。

それもまた、「いのち」の持つ本質の一つです。

 

極めて個的な存在である=一人一人が<違う>私たち人間は、<かかわり>を通じてしか生きてゆくことができない存在である、ということ。ここに、人が「はたらく」ことが持つ本質的な意味(目的)が、あります。

 

すなわち、「はたらく」こととは、人が「いきて」ゆくために、周囲の人との<かかわり>の中で集団や共同体、社会を維持してゆくために行う行為のすべてあり、「はたらく」ことを通じて、人間は、自分自身を、そして自分たちが暮らす環境を生きやすいものに<変えて>ゆくことのできる存在である、ということです。

 

いきなり飛躍しますが、「はたらく」ことは「いきる」ことで、「いきる」こととは「変わる」ことである、ということです。

Oh!  we can change the world !!!

 

 

そして、「はたらく」ことが「いきる」ことなのだとすれば、職場環境とは、そこで「はたらく」すべての人たちが「いきる」 ためのステージであり、職場を運営する組織の役割とは、そこで「はたらく」人たち一人一人の人生に寄り添い、その個なる

「いのち」が輝くよう後押ししてゆくことにある。

私は、そのように考えますし、ユニバーサル就労に対して感じている<可能性>も、そこにあります。

 

 

ところで、先日のミニシンポジウムで、うまく伝える自信がなかったため、私が話さなかったことが、一つあります。それは、

私自身が職場というものに対して持っているイメージについて。

 

意外かもしれないけれど、それは、学生の頃に(泊りがけで遊びに行った友達の家でDVDで 笑)観たジブリ映画「もののけ姫」に出てきた、「たたら場」です。

(ちなみに、どーでもよい話ですが、ジブリ映画の中で私が最も思い入れがあるのは、これまた意外だと思いますが「耳をすませば」です。多摩センターからチャリンコ漕いで行ったさ、聖跡桜ケ丘・・・おっと、余談でした。)

 

「たたら場」とは、古代日本から近世にかけて発展した製鉄法で、砂鉄を原料にして製鉄するたたら製鉄の現場のこと。

映画の中では、エボシと呼ばれる強烈なリーダーシップを持つ女性によって統治されたまるで要塞都市のような「たたら場」が描かれていました。「たたら場」の構成員は、時に武器を手にして戦うことも厭わない男性労働者に加え、戦争で人狩りにあい売られた女たちと、社会から差別を受け続けてきたハンセン病患者とみられる病者たち。

「たたら場」は、製鉄の現場であるというまさにその宿命ゆえ(鉄は自然を破壊し、戦争で用いられる武器になります)、戦争に巻き込まれ、自然の神々を敵に回すという、つまり当時の「社会」=戦乱の世の中とかかわり続けるという極めて危ういバランスの下に成立していて、リーダーであるエボシも、当然その<矛盾>を理解した上で運営にあたっているものと思われるのですが(その動機については映画では描かれていないため、謎です)、そこには、性別や障がい等の<違い>を乗り越えて、共同体の構成員である皆が、共に生き、共に働く職場の姿があるように思うのです。

 

もちろん、今は「戦乱の世の中」ではないし(そうですよね?違いますか!?)、私自身も「強烈なリーダーシップ」とは程遠いタイプの人間なので、「たたら場」やエボシとは異なる仕組みや方法により、今・ここで、私たちにしかつくれない魅力的な職場を創ってゆきたいと思っているのですが、人が「はたらく」こと、「いきる」ことの背景には、いつの時代でも壮絶なものがあるのだということを忘れないようにしたいと常々考えているのです。


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