1. ホーム
  2. 活動ブログ

活動ブログ

明日から、マニジュを持って旅に出る。 (2017/07/22)

(笑)今日はそんな気分なので

 

正午近くまでベッドに寝っ転がり

 

架空の<旅>に持ってゆく本を吟味してる

 

たとえばそんな 夏の休日

 

心をフックする言葉と出会うのは

 

そんな時なんだなぁ

 

 

* * * * *

 

福祉の実現は、その根底に福祉の思想をもっている。実現の過程でその思想は常に吟味される。

どうしてこのような考え方ではいけないのかという点を反省させられる。福祉の思想は行動的な

実践のなかで、常に吟味され、育つのである。

                                -糸賀一雄「福祉の思想」


1to1的GH完成!その名も「ありえす」!! (2017/07/08)

お金を借りた

 

 

土地を手に入れた

 

 

突然何だか雲行きが怪しくなってきた

 

 

どうなることかと思ったけれど

 

 

多くの人たちの努力で

 

 

素晴らしい家が建った (設計・工事に関わっていただいた皆さん、本当にありがとうございます!)

 

 

光は思わぬ方向から差してくるのだと知った

 

 

それで

 

 

名前が決まった (イェーイ!)

 

 

 

だけど指定申請は・・・

 

 

これからなんです・・・ キャー(>-<)

 

 

(果たして、無事に返済はできるのか・・・!?)

 

 

これから始まる

 

 

僕たちの新しいサーガ

 

 

せめて「あくえりあす」(水瓶座)の時代までは、見届けたいぞ!

 

 

Let the Sunshine in !!!!!

 

 

ところで

 

 

君は、小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか!?
KIMG0537    KIMG0478

KIMG0475KIMG0479KIMG0483KIMG0508KIMG0533  KIMG0484KIMG0488 KIMG0492 KIMG0493  KIMG0486 KIMG0487KIMG0506


「はたらく」ことの意味 (2017/07/07)

何の巡りあわせか・・・
今年は大きな<変化>の年となりそうです。(でも、いつもそんなこと言ってるような気もするな…)

 

そんな訳で、そんな時こそ<本質>を見つめなおすべきだと思い、久々に職員たちに向けて発信したのが、以下の文章です。

 

私は、自分が大きな川の流れの一部であることを知っています。
だから、心配事はたくさんあるけれど、不安はない。

 

いつも新しい毎日に、感謝!

 

 

↓↓↓↓↓

 

以下、ちょっと(かなり)長いくて、若干回りくどい文章ですが、昨日行った「わさび会議」にて配付した資料より、私自身の「作業所」(特に40才代より前の年代の人たちが多いところ)についての想いや当法人の社会的使命(固有の役割)として考えていることについてまとめたものから一部抜粋して、ご紹介します。

 

また、文中にもある「3人のレンガ職人の話」(イソップ寓話)は、人が働くことの意味や、どのようなマインドセットをすれば高いパフォーマンスを発揮できるのか?ということについて考えるにあたり、分かり易くかつ示唆に富んだ話ですので、参考までに添付します。

 

是非、「ここで いったい何をしているのですか?」(あなたは、今・ここで何の仕事をしているのですか?)と通りがかりの旅人に尋ねられた際、あるいは自分の家族に聞かれた際、自分だったらどのように答えるだろうか?と考えながら、読んでみてください。

 

何かと慌ただしい毎日ですが、夢をもって、がんばりましょう。

 

* * * * * *

 

■当法人は、これまで一貫して、「小規模福祉作業所」が日本という国の中で歴史的に果たしてきた役割を継承すべく、「小規模で密度の濃い人間関係」「地域との日常的なかかわり」「障がいの有無や種別・程度等を超えた、人と人との<1対1>のフラットな関係」にこだわり続け、事業活動を展開してきました。就労継続支援B型事業という、現在の障害福祉サービスの中では利用にかかわる条件が最も緩やか(障害支援区分や年齢要件なし)で、より幅広いニーズに対応できる事業をこれまで選択してきたのも、そのためです。結果、船橋市内や習志野市内、あるいは千葉県内を見回しても、簡単には見つからないような個性豊かな面々の集まった「多様性のある働く場」を地域の中に複数用意することができたとも思っています。

 

■しかし、このような経営・運営のスタイルには「小規模」ゆえの脆弱性や課題もあります。(中略)そのためにも、①一人一人の価値観や考え方の「違い」を認識し認め合う、「多様性」に価値を置くマインド、②自分の仕事や職場環境をより良いものに変えてゆくための自発的な努力や創意工夫、③個々の「違い」を超えた組織やチームとしての<共通の目的>を確認し、その到達に向けたかかわり合いと成果を積み重ねてゆくこと。限られたリソース(資金・資源等)の中で、これらのことが、私たちには求められているのだと思います。

 

■「新生わさび」に対し私が期待しているのは、①障がいの種別・程度や労働生産性によって人を選別せず、②(仕事に対して人を当て込むのではなく)一人一人の人に仕事や活動内容を合わせる努力や 工夫を絶えず続け、③誰もが自分自身の<役割>や<価値>を自然に感じられるような職場、「作業所らしい作業所」になることです。そのためにも、職員の皆さんには、まずは自分自身に対して、「何のために、今・ここで自分たちは働いているのか?」「自分たちの職場にしかない固有の役割とは何か?」etc.といったことを、日々の仕事を通じて問う習慣を身に付けて貰いたいと思っています。(参考:「3人のレンガ職人の話」)

 

■作業所は、障がいを持った人や何らかの事情によって働きづらさを抱えた人たちが集い、「はたらく(働く)こと」をその活動の中心に添えた場所です。そして、「はたらくこと」が一人の人間に要請するのは、共同体(集団や社会)を支える一員としての「大人になること」であり、それは、「自分」のためだけでなく、「目の前にいる他者」や「自分以外の誰か」のために、今・自分にできることを考える心の向き(マインドセット)を自分の中に育てることです。人から何を与えて貰うだけでなく、自分も、周りの人たちや環境、社会に対して働きかけ、自分を・他者を・環境を、より良い状態に<変えて>ゆくことができる存在なのだということ(自分の中にそのような力が宿っていること)に気付いてゆくこと、つまりは「今はまだ自分の中で眠っている、未来において輝ける自分の可能性」を知る経験こそが、「はたらくことの意味」なのだろうと私は思います。またそれは、<あてにし・あてにされる関係><人と人とのかかわり合い・支え合いの輪>の中に身を置くことの安心と喜び、つまりは<生きる悦び>へと繋がってゆく経験でもあるのだと思います。

 

たとえ思い通りに体を動かせなくても、たとえ言葉によって思いを発することができなくても、すべての人の中には「いのち」があり、生命活動=生きることにともなう「感情のふるえ」や「想い」が存在します。今・目の前にいる一人一人のそれらを敏感にキャッチし、それらの中から、その人が、その人らしい魅力を、社会の中で発揮できる「大人になる」ための<芽>を見つけ、大切に育んでゆくこと。そのために必要な環境を整え、機会を準備し、適切なタイミングと方法による支援を提供すること。それが、私たち福祉従事者としての作業所職員に求められていることであり、同時に、私たち自身の≪悦び≫の源ともなり得る、かけがえのない経験になるのだろうと思います。個人的には、「人を育てる」(=人が育つことを後押しする=その人がもともと持っている力に気付き、引き出すか かわりをする、またはそのような職場環境や社会環境を生み出す)ことほど創造的で、挑戦しがいのある仕事はないと私は思っています。


ユニバーサル就労のこと ~人が「いきる場」「はたらく場」としての職場について (2017/06/03)

こんばんは、武井です。

 

6月1日(木)は、私も設立時からお手伝いさせていただいているNPO法人ユニバーサル就労ネットワークちば企画の

ミニシンポジウム「働きづらさを抱える人が働くために」というイベントに登壇し、少しお話をさせていただいてきました。

 

他の登壇者の方々(LGBTの支援をしている「一般社団法人ことばの診療所」の村田さん、そして罪を犯した人たちの就労支援をおこなっている「千葉県地域生活定着支援センター」の岸さん)のお話しも極めて魅力的だったのですが、以下には、その際に

用いた資料を(文字ばかりで恐縮ですが)添付しますので、よろしかったらご覧ください。

 

「UWNちばの連携の可能性について」事業内容・課題について(武井)

【資料】障害者総合支援法について

 

 

イベントの中でもお話したことですが、今や「はたらく」ことは「いきる」ことは、私の中でほとんど同じ意味を持っています。

 

これは、別に私オリジナルの思想ではなく、ここ数年間に出会った様々な人たちの言葉や生きる姿勢を通じて学んだことですが、

一人一人が個体として(それこそDNAレベルで)異なっているのが、人間(人類)という生き物の本質の一つ。

 

<違い>を前提として生きる「いのち」が、そこにはあります。

 

一方、(未成熟な状態で母体からこの世界に生まれ落ちることに象徴されるように)個体としては決して強くはない私たちは、

家族や親族・部族といった集団や共同体、社会を形成し、そこでの<かかわり>を通じて、生を育み、命を繋いでゆきます。

それもまた、「いのち」の持つ本質の一つです。

 

極めて個的な存在である=一人一人が<違う>私たち人間は、<かかわり>を通じてしか生きてゆくことができない存在である、ということ。ここに、人が「はたらく」ことが持つ本質的な意味(目的)が、あります。

 

すなわち、「はたらく」こととは、人が「いきて」ゆくために、周囲の人との<かかわり>の中で集団や共同体、社会を維持してゆくために行う行為のすべてあり、「はたらく」ことを通じて、人間は、自分自身を、そして自分たちが暮らす環境を生きやすいものに<変えて>ゆくことのできる存在である、ということです。

 

いきなり飛躍しますが、「はたらく」ことは「いきる」ことで、「いきる」こととは「変わる」ことである、ということです。

Oh!  we can change the world !!!

 

 

そして、「はたらく」ことが「いきる」ことなのだとすれば、職場環境とは、そこで「はたらく」すべての人たちが「いきる」 ためのステージであり、職場を運営する組織の役割とは、そこで「はたらく」人たち一人一人の人生に寄り添い、その個なる

「いのち」が輝くよう後押ししてゆくことにある。

私は、そのように考えますし、ユニバーサル就労に対して感じている<可能性>も、そこにあります。

 

 

ところで、先日のミニシンポジウムで、うまく伝える自信がなかったため、私が話さなかったことが、一つあります。それは、

私自身が職場というものに対して持っているイメージについて。

 

意外かもしれないけれど、それは、学生の頃に(泊りがけで遊びに行った友達の家でDVDで 笑)観たジブリ映画「もののけ姫」に出てきた、「たたら場」です。

(ちなみに、どーでもよい話ですが、ジブリ映画の中で私が最も思い入れがあるのは、これまた意外だと思いますが「耳をすませば」です。多摩センターからチャリンコ漕いで行ったさ、聖跡桜ケ丘・・・おっと、余談でした。)

 

「たたら場」とは、古代日本から近世にかけて発展した製鉄法で、砂鉄を原料にして製鉄するたたら製鉄の現場のこと。

映画の中では、エボシと呼ばれる強烈なリーダーシップを持つ女性によって統治されたまるで要塞都市のような「たたら場」が描かれていました。「たたら場」の構成員は、時に武器を手にして戦うことも厭わない男性労働者に加え、戦争で人狩りにあい売られた女たちと、社会から差別を受け続けてきたハンセン病患者とみられる病者たち。

「たたら場」は、製鉄の現場であるというまさにその宿命ゆえ(鉄は自然を破壊し、戦争で用いられる武器になります)、戦争に巻き込まれ、自然の神々を敵に回すという、つまり当時の「社会」=戦乱の世の中とかかわり続けるという極めて危ういバランスの下に成立していて、リーダーであるエボシも、当然その<矛盾>を理解した上で運営にあたっているものと思われるのですが(その動機については映画では描かれていないため、謎です)、そこには、性別や障がい等の<違い>を乗り越えて、共同体の構成員である皆が、共に生き、共に働く職場の姿があるように思うのです。

 

もちろん、今は「戦乱の世の中」ではないし(そうですよね?違いますか!?)、私自身も「強烈なリーダーシップ」とは程遠いタイプの人間なので、「たたら場」やエボシとは異なる仕組みや方法により、今・ここで、私たちにしかつくれない魅力的な職場を創ってゆきたいと思っているのですが、人が「はたらく」こと、「いきる」ことの背景には、いつの時代でも壮絶なものがあるのだということを忘れないようにしたいと常々考えているのです。


いろいろな意味でいろんなことを考えさせられた週末だった (2017/05/14)

そのしめくくりが、これ!

 

NNNドキュメント:お笑い芸人 vs 原発事故 〜おしどりマコ・ケン 2017 02 12


東北紀行2019 忘備録 (2017/05/07)

2012年より毎年、5月の連休は、家族と東北の被災地を巡る旅に出かけることにしている。

 

今回は、5月3日~5日の3日間で、仙台市内→名取市(閖上地区)→東松島市(宮戸島 ※3年前のぶろっさむ旅行以来の再訪)→東松島市(小野地区)→石巻市(牡鹿半島~金華山)→女川町と巡った。

 

 

旅の理由であったり目的についてはいくつかあるのだが、大きなものとしては、3つ。

 

一つは、その他すべてのことに繋がってくるのだが「先の震災で被災した東北という地域のことを関東圏に暮らす人間として『忘れない』ため」。もう少し言うと、「ある時間を、その場所に身を置くことで、『そこで過去に起きたこと、今まさに起きている変化、これから向かってゆくであろう未来について考える』ための物理的な時間を確保するため」。

 

一つは、「関東で稼いだなけなしのお金を、どうせならば東北の地で直接消費することで、少しで現地も経済の循環・活性化に貢献したい」というシンプルな動機に基づくもの。

 

そしてもう一つは、「被災した地域が再び立ち上がり<再生>してゆく姿を、定期的に現地に足を運んで見届けることで、これから先の時代を生き延びてゆくためのスピリットや考え方を学び、千葉の日常生活へと持ち帰り、実践に移してゆくため」である。

 

大げさに聞こえるかもしれないけれど、私は割と本気でそういうことを考えている。

 

 

 

というのも、関東圏、特に私(たち)の暮らす千葉県東葛エリアという、現在の日本国の経済的な中心である「東京」に近い「都市部」で生活していることで、私たちが見えなくなってしまっているもの、考えないで済ませてしまっていること、曖昧なままで放置してしまっているものが少なからずあると、常々考えているから。

 

それは、日常生活の中で「生き延びる」=「いのちを繋ぐ」ということに対する危機感であったり、あるいは自分たちが「生き延びる」ためのベースであるはずの「土地」や「自然」を守りながらそれらと付き合い続けて生きてゆくという覚悟や緊張感であったり、本来は、生命体としての人類が長い歴史の中で当たり前に養ってきた感覚や「生きかた」にかかわることなのだと思う。

 

そして、それらを見失ってしまっているのは、「都市部」に暮らす私たちの中の少なからぬ人間たちが、自分や自分の家族、祖先たちが代々そこに暮らし、守り抜いてきた「土地」や「自然」から離れ、自らの生活基盤を日本の富の多くが集中する中央=東京の近く移すという<選択>をしてきたことと無関係ではないのだろうとも思う。

 

 

他でもない私にしたって、そうだ。

 

自分が生まれ・育った地方都市(…というほど東京からは離れていないものの、自分や地元の人間の意識の中では東京圏からは外れています)の中で10代の頃に感じていた鬱屈した感情を語り出すとキリがないので止めておくけれど、結果として、自分が故郷の「土地」や「自然」から離れ「都市部」で生きるという<選択>を少なくとも20代の前半においてはしたという事実はどうしたって変えようがないし、また、その当時の自分の<選択>が誤っていたと考えている訳でもない。(というよりも、<選択>というものは常に誤りうる可能性を秘めているのだから、私たちはその結果を、後の<未来>になってから振り返り、そのまま受け入れるということしかできない。その時々の<選択>それ自体が正しかったか・間違っていたかと考えることには意味がなく、後からそれを振り返った際に、そこで「何に気付くか?」「どのような学びを得るか?」ということの方がよほど重要なことなのだと思う。)

 

しかしそこには、「根無し草的存在」である己の実存についての不安が、どこにいても・何をしていても、付いて回る。

 

自分の場合、20代の頃に国内外のあちらこちらを旅して回ったあげく、縁あって大学を出て以来ずっと暮らしていた千葉県に腰を落ち着け、そこで生活の基盤を築き、今も仕事をさせて貰っている訳だが、仕事柄、「地域」という言葉は、それこそ日常的に口にしているし、自分たちの実践において外せないキーワードとして強く意識もしている。

 

けれど、本当の意味で「地域」というものを自分(たち)のベース、活動のフィールドとして把握し、その特性を理解し、ありうべき未来の姿を考え、その実現に向けて動くことが出来ているのだろうか?それこそ、「地域共同体」の一員として、そこに暮らす住人たちとかかわり切れているのだろうか?と真剣に考え始めると、自分の中で、何かぐらつくものがあることもまた、事実だったりする。

 

「土地」や「自然」から離れても(忘れても)、それなりの生活を送ってゆけるほどに、今のところ・私たちは経済的なゆとりがある。

(※昨今の「都市部」で広がる貧困の連鎖にかかわる問題は、ここではひとまず脇に置きます。)

しかし、それゆえに私たちには、人が「生きる」ということがどういうことなのか分からなくなってしまっているのではないか?

そんな気がしてならない。

 

 

すこし飛躍した表現になるけれど、そのことについて、もっと真剣になって考え、本気で実践に移してゆかないかぎり、インクルーシブな(包括的な)社会の実現なんてものは、絵に描いた餅に過ぎないのじゃないか?とも思ったりもする。

 

なんかみんな、安易に「地域」という言葉を使いすぎじゃあないのかな・・・?とか。

 

もちろん、「都市部」における「地域」の在り方というのは、いわゆる「地方」におけるそれとは異なる部分があって然るべきであると思うし、もっと言えば、「地方」と呼ばれる場所だって、実は、個々の「地域」における地理・歴史的な背景や特徴・課題などは、様々である。

 

(余談だが、旅人としての目線でもって様々な被災地を移動していると、そういうことにも気付かされる。当たり前のことだが「地方」とか「被災地」とかいう場所が総体として存在している訳ではなく、あくまでも、それぞれの地域もそこに住む人々の暮らしも固有の地理的条件や歴史的な背景の上で、個別的・具体的に存在しているのだ。)

 

 

いずれにしても、私が、東北に足を運ぶたびに痛切に感じるのは、たとえばそんなことだったりするし、そこに行けば、「都市部」に暮らす自分たちの周辺にはまだ見られないような、「土地」や「自然」の<再生>へ向けた人々の実践の息遣いに触れることができる、というのが、わざわざそこへ何度も足を運ぼうと思う動機になっているのだろう。自分たちも被災しながら、事業所のある地域の<再生>に向けた革新的な実践を続けている同業者(事業所)の姿を目にして刺激を貰ったりもするし。

 

だから、私にとって、足を運ぶ場所は、もしかしたら東北でなくても良いのかもしれない。

 

今の自分(たち)の在り方とか、自分(たち)の実践に対して「ちょっと待って、本当にそれでいいの?」と思われてくれるような場所、「向かうべきは、こっちなんじゃないの?」と気付かせてくれるような経験。そういうものを、たぶん私は求めているんだろう。

 

 

でも、何故、東北なのか?と問われれば、それは紛れもなく、そこに「海が生活の一部でもあるような暮らし」があるからなのだと思う。

 

「あの日」あれほど猛り狂った海が、初夏の穏やかな日差しと心地よい風の中、青々とした水を豊かに湛え、海岸線や港に静かに波を打ち寄せている光景を目にしていると、まるで「あの日」の出来事がどこか遠い昔の別の地域での出来事だったのではないかという錯覚に陥りそうになるのと同時に、今・ここにいる自分や人々がこの場所で暮らすずっと前から海(も陸も)はそこにあったし、人々は、ずっとそのような海や自然とどうにか折り合いを付けながら、その「土地」での暮らし、歴史を紡いてきたのだろうということに想いがおよび、何とも言えない感覚に包まれ、思わず涙が出そうになる。

 

それが、私が地元の漁港や海岸、海へと注ぐ河口から徒歩5分ほどの場所で生まれ育ったためなのかどうかは分からないけれど、その時、東北の海が眺めながら私が同時に頭に描いているのは、自分の生まれ故郷の、同じ太平洋の海であったりする訳だ。

 

わざわざ出かけて行った先で、私が見て、考えているのは、自分が一度は捨てたはずの故郷の暮らし、故郷の未来の姿なのかもしれない。

 

本当は、今回の旅で訪れた様々な土地の<魅力>や<美しさ>について書こうと思っていたのだけれど(特に、牡鹿半島~金華山で見た景色、出会った動植物の美しさといったら、それはもう言葉に尽くせぬすばらしいものでした)、思わぬ方向へ話が展開してしまった。結局のところ、どこへ旅をしていても「自分」からは逃れられない、ということなのでしょうね。

 

旅で得た知見や経験を日常へと持ち帰り、日々の実践を通じて「自分」を乗り越えてゆく、それしかないのだと思っています。

 

KIMG0626

東北の芽生え

KIMG0633

KIMG0596

KIMG0449

KIMG0548

KIMG0524

KIMG0643

KIMG0648

KIMG0559


極私的マジックワード・ベストナイン(熱き波編) (2017/04/21)

1(右) 何も持たなきゃ 失うものもないさ

 

2(中) ロックンロールはこう云ったんだ お前のコンプレックスは力なんだぜ

 

3(一) どこかへたどり着けたなら それがすべてで いいじゃないか

 

4(三) 物語を語り続けろ 運命を貫け 決してずる賢く生きるんじゃない

 

5(二) 年老いてゆくことだけが ただ一つの確かなこと

 

6(左) 起き抜けに君が 涙を流すことはない /それよりも 故郷の味噌汁を きちんと飲んだ方がいい

 

7(遊) きっと このまちのカラスのように 自由だ

 

8(捕) 愛と挫折と忍耐

 

9(指) 愛と希望と忍耐

 

———————————

(投) ストッキングなんて 伝線しててもいい


ぼくらはみんな、生きている…んだなぁ (2017/02/05)

「手のひらを太陽に」

やなせたかし作詞・いずみたく作曲

 

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

 

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

 

ぼくらはみんな 生きている
生きているから おどるんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 愛するんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
スズメだって イナゴだって
カゲロウだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

 

*****

 

いい歌だなぁ。

 

ぼくの生命観は、子供の頃耳にしたこの歌に、ほぼ影響されていると言っていい。

 

いのちが、ぼくらの中を生きている。

 

ぼくらは、そのことを感じる。

 

いろんな経験を通じて、感じる。表現する。

 

ぼくらには、生きているってどういうことなのかが、分かる。

 

おんなじことが分かるから、ぼくらは友だちになれる。

 

いのちに、序列は、ない。

 

いのちは、等価だ。


青い小鳥たち(とその仲間たち)に捧ぐ (2016/10/29)

世界は不公平で

そして かなりに残酷だ

 

勝者と敗者

持てる者と持たざる者

強いものと弱い者 etc.

 

僕たちは、どちら側にいるんだろうか?

あるいは

僕たちは、どちらの味方でいるべきなんだろうか?

 

僕は 夢想する

強いものも弱い者もいない世界を

持てる者も持たざる者もいない世界を

勝者も敗者もない世界を

 

でも それはただの夢でしかなくて

現実には 他ならぬ僕たち自身が

心ならずも いつの間にか

支配/被支配のパワーゲームに

巻き込まれてしまう

 

分かっているのに何もしないことは

たぶん 罪だ

 

僕たちは、どちらの味方でいるべきなんだろうか?

 

 

青い小鳥たち(とその仲間たち)

愛しき者たち

僕の魂の分身たち

 

肉体が弱い人たちがいる

思考が弱い人たちがいる

精神が弱い人たちがいる

 

僕はやっせぽっちで

世間知らずの夢見がちで

感じやすい心を持っていたから

子供の頃はよくバカにされた

 

それが悲しくって

悔しくって

そして

とても切なかったから

ある時「強くなろう」と決めた

 

いつの頃だったかな?

もうあんまり覚えていないや

 

僕は体を鍛えて

いろんな本を読んで 旅に出て

そして

自分の心をコントロールする訓練をした

Rock’n Roll

まだ この世界を許せていないから

今だに続けている

 

そんな生活をずっと続けていると

ときどき分からなくなってしまう

 

自分が「強い」のか「弱い」のかが

あるいは

いつまでも「弱い」まんまでいる人たちや

「強者」を装わずにはいられない人たちがいるってことが

 

最近僕が気付いたのは

そのことだった

何故なら

僕も未だに「弱い」人間だったから

 

青い小鳥たち(とその仲間たち)

愛しき者たち

僕の魂の分身たち

 

彼や彼女らを護りたい

そして

自由に羽ばたく姿が

見たい

 

そのために 僕たちは

「強者」を装った人たちに負けない

ホンモノの「強さ」を

身につけようぜ


新事業所「ブルーバード」始動! (2016/10/01)

Free as a “blue” bird.

 

重い空気を切り裂いて、蒼い意思よ、飛んでゆけ!!!

 

なんつって。

 

・・・というわけで、10月1日より始動です。

 

よろしくお願いしま~す。

 

(詳しくは、「1to1の事業紹介」のページで見てね♪)


2020年9月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

NPO法人 1to1 ワントゥワン

千葉県船橋市前原東3-36-1
» アクセスマップ
営業時間: 9:00~18:00(月~金)

お問い合わせは TEL 047-411-6816

メールでのお問い合わせ

  • リンク集
  • ぐらすグループ