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なう、準備中!(1to1船橋くらしサポートセンターささえ) (2018/10/30)

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という訳で、あと半年後に迫って参りました!

 

大丈夫か!??

 

はい、がんばりま~す。

(いつだって「すべりこみ、セーフ!」が我らの信条・・・)

 

という訳で、現段階の構想を以下に。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

利用者さんも募集中ですヨン♪

 

 

<事業所名称>
1to1船橋くらしサポートセンター ささえ(予定)

 

<事業の方針>
(1)生活介護サービスという制度の枠にはまった活動だけにとどまらず、
事業所名称の通り、障がいのある方々にとっての地域での「くらし」そのもの

を支える拠点となることを目指す。そのような心意気をもって日々の活動に臨む。

 

(2)その意味でも、「生活介護事業」に加え「日中一時支援事業」を併設してスタートし、
無理のない範囲で、生活介護の利用契約者以外の方にも開かれた事業所にする。

 

(3)「地域に開かれたオープンな事業所」として事業所の近隣地域の住人らに認知され、

利用者の方々や事業所の人間である私たちが「地域によって育まれる」、また、私たち自身の

日々の実践が「地域住人たちの心を育てる」ことができるよう、常に「地域との良好な関係づくり」

を意識し、地域行事への参加や事業所の活動に対するボランティアの呼びかけ・受け入れなどを

通じた地域交流を検討・企画する。

 

 

<開設初年度の日中活動3つのテーマ(案)>
♪ 若く、柔らかい心を持った利用者の方々が、それぞれのペースでゆっくりと大人になること

 

♪ 地域やまちに出て人や社会と積極的に交わり、たくさんのうれしい・たのしい経験を積むこと

 

♪ 友だちや仲間たちといっしょに何かを生み出したり、はたらく喜びを感じること

 

 

ひとまずは、こんなところまで。

ご質問等ございましたら、法人事務局までお問合せ下さい。(047-407-4022 担当:武井)


秋といえば・・・ (2018/10/30)

オータム・リーブス、ですね。(哀愁漂うウゥゥ~)

すっかりご無沙汰しており、すみません。。。

 

 

それはそうと、ややシーズンが過ぎてしまった感はありますが

「あくあブルー」、予定通り9月18日に無事にオープンできましたので、

ご報告いたします。

 

 

法人設立以来10年間、地域の皆さまに長らくにご愛顧いただいていた

リサイクルショップあくあ」を閉め、地域との新たな、そしてより親密な

関係づくりのために、これまでのバザー品販売だけでなく、利用者さんたちや

地域の作家さんたちの手作り品や駄菓子類の販売、およびふらっと立ち寄られた方が

休憩したりお友だちとお話したりできるフリースペースとしての開放など(有料

になりますがコーヒー等飲料の提供も行っております)、新しい試みにチャレンジして

ゆくことにいたしました。

 

また、店舗スペースの後ろにあるバックヤードでは、お庭の除草作業や荷物運びなどの

便利屋しごとやチラシやパンフレットのポスティング作業等を行うメンバーが待機して

おり、そちらの部分でも地域の皆さまにお役に立てればと思っております。

 

<事業所概要>

・事業所名称: あくあブルー

・事業形態・定員: 就労継続支援B型・10名

・営業日: 休祝日を除く月曜~金曜 (お店は今のところ水曜定休)

・営業時間: 9時~18時

・住所: 船橋市前原西7-12-9(地図

・電話場号:047-409-2421

 

今後とも「あくあブルー」をよろしくお願いいたします!


あくあ+ブルーバード (2018/08/01)

 

青いっすねぇ~

 

 

青いねぇ・・・

 

 

(夏だからネ♪)

 

 

という訳で、

 

 

NEW事業所「あくあブルー」前原西7丁目にて近日オープン(予定)

 

 

 

乞うご期待!

 

 


夏ですね… (2018/07/24)

暑い・・・

暑い・・・・・・

暑い・・・・・・・・・

何度言っても、暑い・・・・・・・

いったどーなってるの!? 地球!!!

 

それはともかくとして、いろいろと苦しかった時期を乗り越え、

当法人の事業の方は、(あいかわらず課題は山積みですが)今年度はここまで比較的順調に動いています。

 

次年度は、とある方々より乞われ、当法人では初となる生活介護事業所を船橋市内にて立ち上げることになったので、

これからは、いよいよそちらの動きが本格化してゆくことになるでしょう。(身が引き締まる想いです。)

 

毎日眩暈がしそうになるくらい忙しいですが、「必要とされている」のはありがたいこと

と、しみじみ思います。

 

 

ところで、新規事業を始めるので、今のうちから求人を出しているのですが、

こんなマイナーでヘンテコな法人でも、何人かのかたが応募してくれます。(ありがたいですね!)

 

ただ、うちは、基本的には履歴書を送ってもらうことにしているのですが、

「おっ!」と思うものに出会うのは、ごくごくまれ。

 

いっしょに働いてくれる大切な仲間を求めるにあたり、一番知りたいのは、やっぱり「志望の動機」の部分なのですが、

そこを掘り下げられていない、文章で表現できていない人たちが、とても多いのが残念です。

 

こういう仕事なので、「人の役に立ちたい」「人に喜んで貰いたい」といったことを

書かれる人たちが多いのですが、正直、それ”だけ”では読み手側の心は動かせません。

 

 

だって、そんなこと、福祉の道を志すなら当然だもの・・・

そこが「入り口」でも良いのだけど、「その先」のことをどう考えているのか?を知りたい訳です。

 

知りたいのは、「どうやって」「どのように」人の役に立ちたいのか、喜んでもらいたいのか、

それを、「自分なりの精一杯」で構わないので、どこまで真剣に考えているか、ということ。

 

つまり、「あなたは、何者ですか?」「あなたには、何ができますか?」「どんな可能性がありますか?」

という質問に対する、その人なりの答えを聞きたい訳です。

 

それは、<対人援助>あるいは<支援>という仕事の本質にかかわることだと私は思っているから。

 

 

まず向き合うべきは「自分」という最も身近な他者であり、その「自分」は地域や社会にとってどのような存在なのかを知る。

その上で、「自分」が持っている肉体や精神を含めた資源(リソース)を、「自分」以外の他者や社会に対して、

どのように差し出すのか?考えること。

 

そこに生まれる「関係性」をどう考え、どういった方向に育んでゆくのか?ということ。

 

つまりは、「セルフプロデュース」を試みるということで、これはなかなか難しいことなんですけどね・・・

そういったことは、脳みそから汗を絞りきるようにして必死になって考えないと、なかなか見えてきませんから。

 

でも、人にプロデュースを依頼する前に、まずは自分なりに自分をプロデュースしようとすることは、

どのような仕事をするにしても必要なことなんだと思います。

 

徹底的に「自分」を見つめた上で、その「自分」を他者や社会のために、「どのように」活かすのかを考えること。

それが大事なことで、履歴書を通じて私が見ているのは、そういった部分なんですね。

 

面倒なんだけど、そういうことが自然にできる、あるいはそうせざるを得ない人たちにとっては、

この仕事はいつまでも飽きることのない、とっても「楽しい」仕事なんだと思います。

 

まぁ、そういう人は、奇人・変人の類なのかもしれませんけど・・・(うちは、ウェルカム!です)

 

そのことが分かると、世界は実に豊か、ですよ♪

 

 

 

 

 

 

 

 


というわけで・・・ (2018/03/28)

「りすたあと」パンフ、つくっちゃいましたよ!

1to1船橋パンフ2018(三つ折り・両面印刷)

 

ホームページも自分で出来る範囲で作り直し中。(HTML、分かんねぇ~)

 

いやはや・・・

 

今年度も残すところあとわずか。

 

「平成」ともあと1年とちょっとでグッバイ。

 

いまから、ここから。

 

行けるところまで、行ってみよう!

 

 

 


2018「りすたあと」宣言! (2018/03/23)

ここで唐突に、

 

スメルズ(「するめ」ではない)・ライク・29スピリット!!!

 

 

こころはいつも

「あの頃」のまま

 

12の季節がめぐり

またもやふり出しに戻る

 

春夏秋冬

万物流転

用意周到

 

“人生は「カツオ節」なのか?”

 

 

悩みと責任と借金は増える一方だけど

 

「余計なもの」がそぎ落とされて

頭がクリアになる

行動はシンプルになる

 

「たましいのかおり」だけが残る

 

 

という訳で、

ボクらは先へと進むことにした

 

「理想」も「涙」も「こだわり」も

すべて(一旦)家に持ち帰り

そっから

「りすたあと」する

 

壊れた扉から

まちの片隅から

荒らされた庭からの

「りすたあと」

 

こんな時代を

こんな社会を

こんなボクらを

超えてゆくための

「りすたあと」

 

共に生きるため

共に夢を見るため

共に世界を愛するための

「りすたあと」

 

OK

用意はいいかい?

回転数を上げていくよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ありえすな日々 (2017/11/03)

グループホーム「ありえす」、どうにかこうにか11月1日(水)に無事にスタートしました!

 

この間お世話になった設計事務所や建設会社、防災会社の関係者の皆さま、頼りない私の想像力を遥かに超えたすばらしい建物に仕上げていただいたこと、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。

 

また、金融機関からの融資や建物の設計、グループホーム事業所としての指定や運営のための準備についてなど、多くの方々より貴重なご助言やご支援を頂戴いたしました。船橋市および近隣地域の福祉ネットワークの中で仕事をさせていただいていることに感謝します。

 

 

グループホームを始めることで障がいのある人たちの「暮らし」に寄り添う、つまりは「生活支援」を法人としての事業に本格的に加えることについては、私自身の中で2つの大きな<きっかけ>というか<理由>がありました。

 

一つは、2011年3月11日に起きた東日本大震災とその後に起きた様々な出来事。

 

震災そのものがもたらした衝撃も言葉に出来ないほど大きなものでしたが、その後露わになり知ることになった私たちが暮らす国の現状や私自身が経験した近しい人たち(利用者さんやそのご家族)の<病い>や<老い>そして<死>。それらに身近なところで立ち会った経験が、私に一つの認識を、観念としてではなく、実感としてもたらしました。

 

それは、個体(個)としての人間は、大きな自然災害や人災(原発事故や戦争)、あるいは、<病い>や<老い>そして<死>といった自然現象(運命)の前ではなすすべもない「等しく・弱い」存在であるということ。

 

しかし、だからこそ、一人一人の<生>や<命>はいついかなる時も、その最後の時まで(あるいは亡くなったその後でさえも 「記憶」というかたちをとって)輝きを放ち続けているのだということ。

 

そして、個体(個)としてはどうにもこうにも弱い存在である人類が「互いに支え合って生き延びて」ゆくために発明した装置として、<家族>や<共同体(コミュニティ)>といったものが、時代によってそのかたちを変えながらであっても、存在し続けてきたということです。

 

特に、自分たちが<病い>や<老い>によって衰弱ながらも家族である我が子たちを支え続けている保護者の方々の姿に触れたとき(あるお母さんは、病床で薄れゆく意識の中、最後の最後まで我が子たちのことを気にかけながら旅立ってゆきました)、その<想い>は、重いバトンとして自分たちに託されたように感じたのでした。

 

 

もう一つは、自分自身の年齢にかかわること。

 

昨年の夏に40才の誕生日を迎えることになった訳ですが、その1年ほど前から、やはり相応にいろいろなことを感じ、考えるものがありました。

 

「とりあえず、『人生の折り返し地点』まではやってきてしまったかな?」「もう流石に『若者』とも言ってられないよな??」「いい加減『大人』にならなきゃな」「(Just Like) Starting Over」…といったありきたりと言えばありきたりな考えや、自分の「ライフ・ワーク」として今の仕事を考えたとき、「現役」でいる間に自分にはいったいどれだけのことができるのだろうか?といった、自分自身の<死>(というと大げさかもしれませんが、つまりは法人であったりこの世界における我が身の<不在>)というものを、まだまだ遠くの方にであれうっすらと意識しだしたことによる、「時間」というものについての感覚・意識の変化、などです。

 

そこで、ひとまず「自分が今のように目いっぱい働くことができるのが仮に65才までだとしたら、あと25年の間に自分にできることは何だろうか?そのために今のうちから取り組んでおかねばならないことは何だろうか?」といったことを漠然と考え始めた訳です。

 

そして、人の<病い>や<老い><死>、あるいはその隣で輝いている<生>や<命>に触れる<福祉>の仕事を本格的に続けてゆく限り、やはり「生活支援」というものにも正面から向き合ってゆかねばならないと考えたし、またそれが、自分自身あるいは自分たちの法人に期待されているこのなのだろうとも思いました。

 

 

とは言え、そもそもが「生活感」に著しく欠けるワーカホリックで都市の遊牧民のような暮らしを続けてきた私。

 

そこでイメージしたのは「もしも自分が障がいのある仲間たちといっしょに一つ屋根の下でずっといっしょに暮らすことになったとしたら、どんな家だったら『楽しい』かな?『ワクワク』するかな?」というものです。

 

どちらかと言えばインドアイメージが強い私だと思いますが、洞窟があったら探検してみたくなるし、ハンモックがあったら寝てみたくなる。田んぼがあったらはだしで入ってみたくなるし、ザリガニがいたら捕まえてみたくなる、子供っぽい好奇心というか冒険心は持ち合わせています(なにしろ小田原生まれなのでね・・・)。

 

まぁ「ありえす」には洞窟や田んぼはないし、ハンモックも(まだ)無いし、ザリガニも(まだ)いないのですが、私のイメージとしては、キャンプ場にあるコテージとかキャビンハウスをモチーフにしたもので、一応屋根裏というかロフトは遊び心で付けてみました。

 

あと、仲間たちやが望み続ける限りは<地域>での暮らしを継続してゆけるようにと、車椅子のままでも生活できるような間取りや設計になっています。

 

 

さすがに20年以上先の時代状況までは私の頭では予測ができないので、ここ(ありえす)がみんなにとっての「終の棲家」になるのかは、正直なところまだ分かりませんが、大切な仲間たちや職員たちが、同じ空間と時間を共有して、良い思い出をたくさんつくってくれるといいなぁ~と思っています♪

 

グループホーム物件の土地探しから契約、建物の設計・建築、共同生活支援事業所としての指定申請は、業者さんたちのお力も借りながら、ほぼ私一人でやってきましたが、建物内に配置するインテリアや諸々の道具、毎日の食事のための食材や調味料の準備などは、グループホーム事務所としての「Aries」のスタッフたちがみんな行ってくれました。

障がいのある仲間たちといっしょに食事をし、お風呂に入り、そこで眠る、つまり「生活」を共にするのも、一人一人の世話人スタッフたちです。(しばらくは、週に1日くらいは私も入ることになりましたが…)

 

そしてなによりも、グループホームでの「暮らし」をつくりあげてゆくのは、家賃を払って各部屋に入居する一人一人の仲間たちです。

 

これからは、ある程度私の手を離れて、「みんなの家」としての「ありえす」の日々がはじまってゆくことになります。

 

はてさて、どうなることか・・・? とても楽しみです!

 

ところで、

 

君は小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか?(しつこい!)

 

 

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今日は雨でCSは中止 (2017/10/16)

そんな本日、ふと思ったこと

 

他者とは、どこまで行っても自己の投影でしかない(そう、世界はメタファーなのだよ♪)

 

(しかし、あくまでも他者は他者でしかないところに、他者の「他者性」がある。なんて書くと難しく聞こえるけれど、つまりは「他人は自分ではない」という当たり前の話だ。切ないね。でも、だからこそ同時に、他者への興味は尽きることがない。毎日が「ふしぎ発見」だ!)

 

おそらく逆もまた然り

 

従って

 

他者であったり世界に対する<変化>へのあくなき希求は、元をたどれば「自己に対する変化への欲求」にたどり着くのだろう

 

そして、それが何故かと問われたならば、もちろんそこには、「生き延びるため」あるいは「より良く生きる」ためには<それ>が必要であるという確信めいたものがあるからだ

 

ということは、だ

 

「かかわり」の本質には、その人の自己(自分)や他者(他人や世界)に対する<信頼>だったり<希望>が関係している

 

つまり

 

<信頼>や<希望>が存在しないところには、<変化>は生まれないということ

 

(なんと!そーいうことだったのですよ、だぶん)

 

 

OK そこまでは分かった

 

分かったのだが、しかし・・・

 

じゃあ、「良い仕事」をするために(「強いチーム」をつくるために)「組織」を変革するにはどうしたら良いのか・・・?

 

そう、「超変革」のプロセスを私は知りたい、今、モーレツに、知りたい

 

そんな今日この頃

 

だけど、私はどちらかと言うと、アニキよりもカケフ派なんですよねぇ ええ…

 

 

 

 

 

 

 

 


作業所とわさびと私 (2017/10/15)

29年9月末に職員たちに配付した資料より一部を抜粋

今、密かに明かされる、1to1の成り立ち、そしてわさびの歴史・・・

 

作業所とわさびと私(H29年10月)short edition

 

 

 

 


「はたらく」ことの意味② (2017/08/12)

「はたらく」こと=労働ととらえている人が多い(ような気がする)。

 

自分の身体や時間を職場のために差し出すかわりに、その時間に対する対価を貰うことが労働である、とか。(まぁ法律上はそういう側面もなくはないのだけれど・・・)

 

でも、それって、つまんなくねぇか?

 

ほんとうに、そんなんでいいんか??

 

と、個人的には、思います。

 

 

「はたらく」ことって、もっとヒリヒリすることであり、同時にワクワクすること、あるいは周りから何を言われてもやらずにはいられない、自己の内なる切迫感に突き動かされるような、内発的なものであってほしいなぁ、と。

 

まぁ、極論なんですかね、こういうのは・・・

 

でも、私は、「はたらく」こと=「いきる」ことだと思っているし、「いきる」ってそういうことなんだと思っています。

 

 

20代のおわりに、私が以前に努めていた職場を辞めて、結果として<福祉>の世界へと流れ着いたのは、平たく言えばそういうことでした。

 

それ以前の私は、自分は「いきて」いるんだっている実感というか手触りというか、そういうものを持てていなかった。

当時の自分が抱えていた「不全感」「焦燥感」とでもいうべきものは、いったい何だったんだろう…?

 

たぶん、「自分の情熱と人生を注ぎ込むに値する何か」に飢えていたのだろうと思います。

 

自分が「はたらく」ということが、その成果が、市場原理主義的な価値観のなかに絡めとられてしまうことが、イヤだった。

もっと、内発的(ボランタリー)で創造的(クリエイティブ)な「何か」をして、そして「何ものか」になりたかった。

だから、「金銭に換算できない仕事」がしたいと思った。

 

無知で傲慢だったかもしれないけれど、「自分の中に眠っている可能性」だけはいつもギリギリのところで信じていたし、「世界がこんなんで良いはずがない。もっと美しくあっても然るべきだ」と思っていたし、とにかく「何者か」になりたい。「自分」の中で燻っている<感性>やら<才能>やらに光を当ててそれを活かせる場所が「ここではないどこか」にきっとあるんじゃないか・・・? あの頃はいつもそんなことばかりを考えていたなぁ。

 

当時は世界で起こっていることの何もかもが気に食わなかったけど、 何よりも許せなかったのは、何もせずに傷ついているだけの自分自身だったという、ね…

 

だから、正直に言えば、その対象は何でも良かった。(なので、「あの時」もしも別の選択をしていたら、今ごろ私はキューバにいたかもしれない・・・)

 

ただ、「何でも良い」のだけれど、そこは、片一方に相手(社会や顧客のニーズ・課題)があって、もう一方に自分(が獲得した知識や技能)があって、そこで初めて成立するのが、<仕事>というもの。

 

だから、無意識のうちに「自分」を活かして開花させることができる土壌を探していたということは、もしかしたらあったのかもしれないですね。「さて、それでいったいオレは、どこに『着陸』したものだろうか・・・?」みたいなことは、当時から考えていた気がします。

 

(なので、前言を撤回するようだけど、あれほどまでに惹きつけられたキューバだったけれど、そこで自分の<才能>が開花するという「未来のイメージ」を持つことができなかったことが、私の場合、結果としては、「そちらの道」を断つて、「いまへといたる道」を歩むことへと繋がったわけです。だって、「舞踏家(ダンサー)である自分」なんて、未だに私はイメージできないからねw 骨の髄まで不器用なんですよ、私は・・・)

 

 

そして、「ここ」と、<我が道>を定めたら、私の場合、あとはとにかく全力投球するだけ。

そう、「これが私の生きる道」ですよ!

 

たくさんの学習と練習を重ねて、マウンドに登ったら、

最高のフォームでボールをリリースして、最高のスピンをかけるまでが、自分の仕事。

そこまでやったら、「その先のことは、ボールに聞いてくれ」ってなモン。

 

肩や肘が壊れようが、そんなの知ったこっちゃあない。

そんなことにビビッてたら、思い切って腕は振れない訳だし、だいたい、故障したって命までとられる訳じゃあないのだからね。

 

どんな状態になっても「あきらめない」気持ちがあれば、何度でもやり直せるんだということ。

形振り構わず、地をは這いつくばってでも、前を向いて生きてゆくことは尊いことなのだということは、当時の私の周りにいた、いろんな職場や施設を経由した作業所へと辿り着いた障がいを持つ仲間たちが私に身を持って教えてくれたことでした。

 

だったら、もう、自分も「そこ」に飛び込んで、彼らと目線を合わせるしかない。

だから、「もう、むちゃくちゃやったれ!」(by どんでん)ですよ。

 

当時は、今とは違って無認可の作業所の職員だったから、給料なんて土日も出てきて働いても年収200万円そこそこだったし、面倒だったので社会保険にも加入していなかったけれど(笑 ※一応、後から加入・納入しました)、まったく気にならなかったなぁ。(まぁ、私も慎重なところは慎重なので、それなりに、節制と貯蓄には励んでいたのだけど・・・)

 

だって、マウンドに立って、思いっきり身体を動かして、ボールを投げられることが、自分にとっては「最高の幸せ」だったし、そこにはいつも、「最高の仲間たち」がいたのだから。

 

 

私のこんな「はたらき」かたは、たぶん、全然「教科書的」ではないのだろうし、また、人(特に自社の社員)に強いるべきことでもないのだろうと、思う。

 

でも、なんか今の若い人たちを見ていると、10年前に比べたら雲泥の好待遇の安定した労働条件の下で働けているのに(…といっても、世の中の平均値と比べて福祉業界の給料が良いかというと、残念ながらそういうことはないです)、自ら自分自身の可能性にセーブをかけているように見えて、「もったいないなぁ」と感じてしまう自分がいたりします。

 

失敗すこと、怪我をすることを恐れているように見えるんですよね。

きっと、時代状況とか未来への不安とか、たぶん私が若かった頃に比べて、いろんな条件が異なっていることもあるのでしょう。(まぁ私の若かった頃も、「オマエら、たいがいにせいよ!」と思う程度にはひどい時代ではあったけどね・・・)

 

だけど、いつだって未来は<変化への可能性>に満ちている訳だし、それを信じるのも信じないのも、活かすも殺すも、自分次第なのだと私は思っています。

 

 

だから、少なくとも、私にとっての「はたらく」ことの意味とは、

 

「このいかんともしがたい自分」 と 「のろまにしか歩まない世界」 を絶えず乗り越えてゆくこと、乗り越えてゆくために、他者に対して、世界に対して向き合い、あきらめることなく「はたらきかける」こと。その過程で「自分」が試されること。試されている「自分」を知ること。

 

そして、その果てに「新しい自分」と「自由」へとたどり着くこと。(うまくいったら、ね)

 

そんなことだったりするのです。

 


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