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G・スターダスト

「はたらく」ことの意味② (2017/08/12)

「はたらく」こと=労働ととらえている人が多い(ような気がする)。

 

自分の身体や時間を職場のために差し出すかわりに、その時間に対する対価を貰うことが労働である、とか。(まぁ法律上はそういう側面もなくはないのだけれど・・・)

 

でも、それって、つまんなくないか?

 

ほんとうに、そんなんでいいんか??

 

と、個人的には、思います。

 

 

「はたらく」ことって、もっとヒリヒリすることであり、同時にワクワクすること、あるいは周りから何を言われてもやらずにはいられない、自己の内なる切迫感に突き動かされるような、内発的なものであってほしいなぁ、と。

 

まぁ、極論なんですかね、こういうのは・・・

 

でも、私は、「はたらく」こと=「いきる」ことだと思っているし、「いきる」ってそういうことなんだと思っています。

 

 

20代のおわりに、私が以前に努めていた職場を辞めて、結果として<福祉>の世界へと流れ着いたのは、平たく言えばそういうことでした。

 

それ以前の私は、自分は「いきて」いるんだっていう実感というか、手触りというか、そういうものを持てていなかった。

あれからだいぶ時間が流れて、さすがに当時と同じような強度で今は感じることもなくなってしいまったけれど、あの頃の自分が抱えていた「切迫感」「焦燥感」とでもいうべきものは、いったい何だったんだろう…?と時々思います。

 

たぶん、「自分の情熱と人生を注ぎ込むに値する何か」に飢えていたんじゃないかな?

 

自分が「はたらく」ということが、その成果が、市場原理主義的な価値観のなかに絡めとられてしまうことが、イヤだった。

もっと、内発的(ボランタリー)で創造的(クリエイティブ)な「何か」をして、そして「何ものか」になりたかった。

だから、「金銭に換算できない仕事」がしたいと思った。

 

そういうことなんじゃないかな、と。

 

無知で傲慢だったかもしれないけれど、「自分の中に眠っている可能性」だけはいつもギリギリのところで信じていたし、「世界がこんなんで良いはずがない。もっと美しくあっていいはずだ」と思っていたし、とにかく「何者か」になりたい。「自分」の中で燻っている<感性>やら<才能>やらに光を当ててそれを活かせる場所が「ここではないどこか」にきっとあるんじゃないか・・・? あの頃はいつもそんなことばかりを考えていたなぁ。

 

当時は世界で起こっていることの何もかもが気に食わなかったけど、 何よりも許せなかったのは、何もせずに黙って傷ついているだけのズルい自分自身だったという、ね…

 

だから、正直に言えば、その対象は何でも良かった。(なので、唐突だけど、「あの時」もしも別の選択をしていたら、今ごろ私はキューバにいたかもしれない・・・)

 

ただ、「何でも良い」のだけれど、そこは、片一方に相手(社会や顧客のニーズ・課題)があって、もう一方に自分(が獲得した知識や技能)があって、そこで初めて成立するのが、<仕事>というもの。

 

だから、無意識のうちに「自分」を活かして開花させることができる土壌を探していたということは、もしかしたらあったのかもしれないですね。「さて、それでいったいオレは、どこに『着陸』したものだろうか・・・?」みたいなことは、当時から考えていた気がします。

 

(なので、前言を撤回するようだけど、あれほどまでに惹きつけられたキューバだったけれど、そこで自分の<才能>が開花するという「未来のイメージ」を持つことができなかったことが、私の場合、結果としては、「そちらの道」を断つて、「いまへといたる道」を歩むことへと繋がったわけです。だって、「舞踏家(ダンサー)である自分」なんて、未だに私はイメージできないからねw 骨の髄まで不器用なんですよ、私は・・・)

 

 

そして、「ここ」と、<我が道>を定めたら、私の場合、あとはとにかく全力投球するだけ。

そう、「これが私の生きる道」ですよ!

 

たくさんの学習と練習を重ねて、マウンドに登ったら、

最高のフォームでボールをリリースして、最高のスピンをかけるまでが、自分の仕事。

そこまでやったら、「その先のことは、ボールに聞いてくれ」ってなモン。

 

肩や肘が壊れようが、そんなの知ったこっちゃあない。

そんなことにビビッてたら、思い切って腕は振れない訳だし、だいたい、故障したって命までとられる訳じゃあないのだからね。

 

どんな状態になっても「あきらめない」気持ちがあれば、何度でもやり直せるんだということ。

形振り構わず、地をは這いつくばってでも、前を向いて生きてゆくことは尊いことなのだということは、当時の私の周りにいた、いろんな職場や施設を経由した作業所へと辿り着いた障がいを持つ仲間たちが私に身を持って教えてくれたことでした。

 

だったら、もう、自分も「そこ」に飛び込んで、彼らと目線を合わせるしかない。

だから、「もう、むちゃくちゃやったれ!」(by どんでん)ですよ。

 

当時は、今とは違って任意団体が運営していた無認可の小規模福祉作業所の職員だったから、給料なんて土日も出てきて働いても年収300万円にも満たなかったし、面倒だったので社会保険にも加入していなかったけれど(笑 ※一応、後から加入・納入しました)、まったく気にならなかったなぁ。(まぁ、私も慎重なところは慎重なので、それなりに、節制と貯蓄には励んでいたのだけど・・・)

 

だって、マウンドに立って、思いっきり身体を動かして、ボールを投げられることが、自分にとっては「最高の幸せ」だったし、そこにはいつも、「最高の仲間たち」がいたのだから。

 

 

私のこんな「はたらき」かたは、たぶん、全然「教科書的」ではないのだろうし、また、人(特に自社の社員)に強いるべきことでもないのだろうと、思う。

 

でも、なんか今の若い人たちを見ていると、10年前に比べたら雲泥の好待遇の安定した労働条件の下で働けているのに(…といっても、世の中の平均値と比べて福祉業界の給料が良いかというと、残念ながらそういうことはないです)、自ら自分自身の可能性にセーブをかけているように見えて、「もったいないなぁ」と感じてしまう自分がいたりします。

 

失敗すること、怪我をすることを恐れているように見えるんですよね。

きっと、時代状況とか未来への不安とか、たぶん私が若かった頃に比べて、いろんな条件が異なっていることもあるのでしょう。(まぁ私の若かった頃も、「オマエら、たいがいにせいよ!」と思う程度にはひどい時代ではあったけどね・・・)

 

だけど、いつだって未来は<変化への可能性>に満ちている訳だし、それを信じるのも信じないのも、活かすも殺すも、自分次第なのだと私は思っています。

 

 

だから、少なくとも、私にとっての「はたらく」ことの意味とは、

 

「このいかんともしがたい自分」 と 「のろまにしか歩まない世界」 を絶えず乗り越えてゆくこと、乗り越えてゆくために、他者に対して、世界に対して向き合い、あきらめることなく「はたらきかける」こと。その過程で「自分」が試されること。試されている「自分」を知ること。

 

そして、その果てに「新しい自分」と「自由」へとたどり着くこと。(うまくいったら、ね)

 

そんなことだったりするのです。

 


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