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ぶろっさむ

*開設5周年企画* ぶろっさむ旅行2014~サマー・オブ・東北~ 其の肆 (2014/08/10)

2日目です。

真夏の強い日差しの中、どこまでも高く伸びてゆくような青空が広がる朝。

この日はまず、4台のレンタカーに分かれ、それぞれの車のガイドさんに同情して頂き、

東日本大震災の被災地を案内して貰いました。

ガイドをしてくれたのは、「東松島市観光物産協会」(http://okumatsushima-kanko.jp/index.php

を通じて予約をした、奥松島観光ボランティアの会の方々。

 

宿のある宮戸島(みやとじま)は、
『宮城県東松島市の旧桃生郡鳴瀬町域にある陸繋島で、仙台湾の支湾である松島湾と石巻湾とを分ける位置にある。
島としては、松島湾で最大の面積を持つ。人口は約1,200人。「奥松島」の主要部である。
島の最高峰である大高森からの眺望は「壮観」と呼ばれ、「松島四大観」の1つである。
また、島の東南の「嵯峨渓」は名岩・奇岩が多数連なり、「日本三大渓」の1つに数えられる。』(Wikipediaより)

で、震災は前は、海苔養殖を主とする漁業と民宿を中心とした観光業が盛んだったと言います。

 

しかし、天然の防波堤(島々)に守られた松島とは異なり、外海(石巻湾)に面してる地区は、
10メートルを超す津波により、4 つの漁業集落の内3 集落が壊滅的被害を受けて浸水。

加えて島につながる唯一の橋が崩落したため、島民のほとんどは無事でしたが孤立状態が続き、

住民は島で唯一の学校で、市指定の避難所であった高台の宮戸小学校に避難し、そのまま2ヶ月間共同生活を送ったそうです。

 

今回のガイドでは、まずその宮戸島内をぐるりと回り案内して貰いました。

現在は、各浜で高台移転に向けて土地の造成が始まっていますが、まだ仮設住宅での生活を余儀なく

されている方々が大勢いらっしゃいました。私たちの車に同乗した下さったガイドさんたちも仮設住宅で暮らしており、

震災後の暮らしを思い出すと本当につらい気持ちになるが、あれから3年が過ぎた今でもこうして島の外から

話を聞きに来てくれる人たちがいることがありがたく、がんばらないとと思うとお話してくださいました。

 

その後は、崩落した橋に代わり震災後に新たに掛けられた橋を渡り島を出て、野蒜(のびる)海岸へ。

ここは震災前、海水浴場で賑わっていた地区で、海岸の後背地には松林が広がっていたそうですが、

津波で全地域が浸水し、今はほとんど残っていません。大地は一面が伸びきった雑草で覆い尽くされています。

すぐ近くには「かんぽの宿 松島」がありましたが、津波の被害を受けて震災後営業停止となりました。

 

この施設の裏手には、「東松島市立鳴瀬第二中学校」があり、震災当日、午前中の卒業式を終えた

生徒さんや父兄たちが謝恩会を開いていましたが、津波の方を受けて建物の4階まで避難し、難を逃れたといいます。

また、校舎には教員と生徒が20人ほど残されていましたが、全員が屋上へと避難。アーチ状の作りになっていた

「かんぽの宿」が津波の勢いを横に逃がしてくれたこともあり、校舎が壊滅的なダメージを受けることを防いで

くれたそうです。

 

しかし、野蒜地区全体では、亡くなった方が323名(そのうち65才以上207名)。死亡率12.78%
高層の建物が少なく、また避難できる高台も離れていたため、多くの命が失われてしまうこととなりました。

ガイドさんの案内で震災前にお墓があったところに建てられた慰霊碑のある広場に連れていって貰い、

皆で黙祷を捧げました。

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(続く)

 

 

 


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